狡猾な男の大誤算
「それで? あなたの可愛い奥さんは、こんな不良夫の言うことを素直に信じてるわけね」
恵のよく引き締まったウエストから、スーツを着ているときにはわからない大きな胸までの稜線を指でたどりながら、僕は低く笑った。
「仕方ないよ、世の中には魅力的な女が多すぎるんだ。僕は目の前の女性の魅力に忠実なだけ」
くんくんと恵の首筋の蠱惑的な匂いを嗅ぎながら、瑠香の清潔な香りを思いだす。
「またそんなしょーもないこと言って。……でもさあ、よくあるじゃない? そういう女に限って、何もかもお見通しなのよ。翔平、泳がされてるだけなんじゃないの?」
「そんなことあるわけないだろ。瑠香は世間知らずのお嬢さんなんだよ。まあ、子どもでもできれば変わるんだろうけど……うまくいかないもんだな」
さすがに不倫相手にする話じゃないと、内心慌てて言葉を濁す。
「子ども、欲しいの? 翔平」
「え? いや、まあ、俺も42だからさ。子どものことはどうしたって親もうるさいんだよ」
どうも話がおかしな方向に行ってしまった。ここはさっさと何も考えられなくなってもらおう……と恵の体を抱きしめようとすると、するりと身をよじった彼女はいつになく真剣な目でこちらを見た。
「翔平、私、妊娠した。別に認知とか騒がないから安心して。ただ、産むかどうかは自分で決めるから。しばらく連絡はしないわ。どうするか決めたら報告するよ。大丈夫、いずれにせよそんなに長い時間じゃないわ。猶予は少ないから」
僕はきっととても間抜けな顔をしていただろう。ピルは? 飲んでるって言ってたじゃないか。
狂言であればいいのに。僕は絶句しながらも、それがむなしい願いだと知る。愛おしそうに自分のつるりと白いお腹を撫でる恵の顔は、すでに「母の顔」だった。
――これは、まずいことになったぞ!?
僕は何度もごくりと唾を飲み込んだ。
夏の夜、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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