どちらの女がふさわしい?
「翔平さんたら、どうしたの?」
はっと顔を上げると、瑠香が怪訝な顔でこっちをみている。夏だというのに、湖のほとりは静かで、瑠香の声が響いた。
しまった。せっかく先週の週末に「出張」した埋め合わせで旅行にきたのに。瑠香は話をきいていないととたんに不機嫌になる。
僕は何でもないよ、仕事で気がかりなことがあってね、と瑠香の肩を抱いた。今日はめったにこれない北海道で、ハイキングをしたいと言い出し、普段の7センチヒールではなくスニーカーを履いているからさらに背が小さい。
「それにしても……7月でも北海道はけっこう寒いんだな」
霧がかかり、奥のほうは見えない湖に目をやる。ボート乗り場にはたくさんのボートがつながれているが、生憎の曇り空、利用客はいないようだった。
「あれに乗りたいなあ! さっき道の駅で買ったフルーツサンドとあったかいコーヒーで、ボートのうえでお茶しようよ翔平さん」
瑠香は自分の思いつきにはしゃいで、腕を絡めてきた。実を言えばボートなんてろくに漕いだことはないし、彼女には内緒だがほとんど泳げない。こんな薄ら寒い日にボート遊びなんてちっとも気が乗らななかったが……かと言ってほかにやることもなさそうだ。
「30分くらいにしてくれよ」
内心溜息をつきながら、瑠香が係員と手続きをしているのを眺めていた。
悪いけどこっちはそれどころじゃない。
恵は予告したとおり、あれから1週間、なんの音沙汰もない。こちらから時折、体調を伺うLINEをいれているものの、返信はなかった。その沈黙が、かえって彼女が本気で考えていることをうかがわせた。
そしてこの1週間で、僕の心にも変化が起きつつある。
子どものいる人生を、今までは考えないようにしてきた。瑠香との間に子どもができず、不妊治療をやりかけたこともあったが、やめてしまった。手に入らないものに執着するのは好きじゃない。
でも、もし手に入るとしたら……?
恵が妊娠したということは、やはり子どもができなかった原因は瑠香に合ったのだろう。そうなると、この先も僕には子どもができないだろう。――瑠香が妻である限りは。
顔を合わせるたび、「孫は」攻撃を繰り出してくる両親の顔が浮かぶ。今までは蹴散らしていたが、どうやら言われるたびに少しずつ、僕のなかにくさびを打ち込んでいたのかもしれない。
それが今、じわじわと効いていた。
もし、両親に、よそに子どもができたといったらどうするだろうか。僕は知っている。瑠香のお嬢様気質を、おふくろが内心、良く思っていないことを。
一方、恵は自立したキャリアウーマンだ。瑠香よりもふたつ年上だが、子どもが出来たと言えば年齢は気にしないだろう。
もしかして、瑠香と離婚して、恵と新しい家族をつくれと言うかもしれない……。
「翔平さん! 手をひいて。ボートに乗るの怖いよ~」
夏の夜、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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