光野桃「美の眼、日々の眼」

2017.11.14

秋の夜長に読みたい、おとなのための絵本

 

「ルピナスさんー小さなおばあさんのお話」 バーバラ・クーニーさく かけがわやすこ やく ほるぷ出版

最初にご紹介するのはバーバラ・クーニーの「ルピナスさんー小さなおばあさんのお話」です。

大人のための絵本ランキングで常に上位に入っているこの本は、ご存知の方も多いかもしれませんね。

この絵本はまず何と言っても絵が素晴らしいのです。クーニーは板に水彩で絵を描き、さらに色鉛筆でアクセントをつけていたそうです。

落ち着きと、夢のような美しさが共存する奥行きのある絵は、そんなふうにして生まれたのですね。

 

少女のアリスは、子どもの頃、船乗りとしてアメリカに渡ってきたおじいさんに、大人になったら世界中を旅してまわる、と話します。そして、最初は街の図書館で働き、のちに言葉通り世界中をひとりで巡ります。

そして歳を重ね、帰って来た時、おじいさんと約束したあることを思い出します。

それは、「世界をもっと美しくすること」をしなければいけない、ということでした。

この本の絵の色調は、子どもの頃は温かな赤味を帯びたピンク、長じて旅をして回るところは淡いピンク、そして海辺の町に居を構えてからは鮮やかなブルー、病に伏しているときは白の混ざったブルーと変化していきます。

 

わたしは特に上の、帰って来たルピナスさん(アリス)が背中を痛めてベッドに伏すこの絵が好きです。何度見ても見飽きません。

多分、歳を重ねて生きることの厳しい現実が、楽しい冒険や花の咲き乱れる静かな暮らしと同列の美しさで描かれているからでしょう。

そして、世界をもっと美しくすることとは何か。

40代の頃、あるひとに「どこへ行くときでも、花束を抱えていくような気持ちで行きなさい」と言われたことを思い出します。

わたしはこの絵本をベッドサイドに置き、眠る前に楽しい気持ちとともにめくるのが好きです。

孤独や病など苦しみも含めて、人生は豊かなのだと感じられるからです。
 

「美紗姫物語」志村ふくみ著 求龍堂 表紙を開けると、織物が印刷された美しい紙が1枚挟み込まれていて、一気に志村ふくみの世界へと誘い込まれます。

染織家で、紬織の重要無形文化財である志村ふくみ。名随筆家としても知られ、何冊もの著書がありますが、絵本があることは、あまり知られていないかもしれません。

出版されたのは2011年、昭和19年に書き下ろされた手書きの原稿を、執筆当時のまま印刷し本にしたものです。

薄手の和紙に毛筆の達筆で描かれた元原稿。和綴じの美しい本に仕立てられています。

物語は、天の館に住む瑠璃の天女が、地上の3人姉妹の末娘、美紗姫の美しさに嫉妬する場面から始まります。

これはイギリスの作家、ウォルター・ペーターが「享楽者マリウス」という著書の中で著した「キューピッドとプシケー」をもとに、この有名なギリシャ神話の舞台を日本の古代に移して書かれたものです。

美しいけれど心の弱い姫が、親元を離れて数々の試練の末、最後は雪の宮(キューピッド)と天上で結ばれる恋物語。

志村ふくみは稀代の文章家ですが、この物語の文章の美しさには息を呑みます。

現在93歳の著者が20歳の時の作品ですが、とてもそんな若いひとが書いたものとは思えない日本語の真の美しさを感じさせ、また芸術家の作者らしい、「読む織物」ともいえる色彩的な豊潤さに溢れています。

挿絵は薯版の山室眞二氏による。

空襲に次ぐ空襲で明日をも知れない中、「運命的な苦しい境遇に追いつめられ、自らのことであっただけに身を苛むように思いつめ」て、この物語を書き続けることで救われていった、とあとがきにあります。

そして書き上げた直後に家は全焼し、焼け野原の神戸を転々とされたのだそうです。

時代の苦しみと自身の苦しみが重なる過酷な日々のなかで生み出された絵本。

でもだからこそ、この物語は清涼な湧き水のような筆致が、読む者の心を浄化してくれるような気がします。

 

「キューピッドとプシケー」ウォルター・ペーター文、エロール・ル・カイン絵 柴鉄也訳 ほるぷ出版

この本が「美紗姫物語」の原案となった、19世紀のイギリスの作家であり批評家のウォルター・ぺーターの「キューピッドとプシケー」です。

物語はギリシャ神話なので、登場する神々のキャラクターがシンプルかつ結構意地悪だったりと、人間臭いところが面白いです。

この本の見どころはエロール・ル・カインの華麗な挿絵でしょう。

ル・カインはシンガポール生まれのイギリス人で、少年時代にインド、日本、香港、サイゴンなどを転々としたそうです。

そのためか、アールデコ風なタッチに加えて、どこか東洋の神秘的な雰囲気が感じられ、それがとても官能的です。

モノクロームの線画は、まさに大人が楽しめる絵本と言えるでしょう。

神話には人間の真理が描かれています。