光野桃「美の眼、日々の眼」

2017.8.15

ミラノ・翡翠の思い出

 

このピアスを初めて見た時、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を覚えました。

この深い艶やかなグリーンはなんなのだろう。

ウインドーを覗き込んでよく見ると、蝶のような彫りが施されていて、どこかオリエンタルな雰囲気を感じさせます。翡翠だ、と確信しました。

出会ったのはいまから30年前。ミラノのブレラ地区の美しい小路にある店でした。

わたしは32歳の時、1歳の娘を連れて、転勤する家人とともにミラノに移り住みました。そして、言葉もできず、相談できる母親も友だちも遠い、孤独の中での子育てが始まりました。

朝から晩まで待ったなしの暮らしの中で、わずかな慰めといえば、大好きな美術大学のあるブレラ地区を、バギーに乗せた娘とともに散策することでした。

翡翠のピアスに出会ってから、散策コースは決まってその店の前を通るようになりました。
 

思い出のピアスをつけ続ける

それからしばらくして、娘を週3日、保育園に預かってもらうことにしました。そしてそこでも、素敵な翡翠のピアスをするお母さんに出会ったのです。

濃いブラウンの長い髪の間から覗く小さなグリーンのフープ型のピアス。

言葉を交わすことはなくても、いつしか目が合うと目礼をするようになっていました。

すっきりしたネイビーやグレーのジャケットを着て、忙しそうに去っていくそのひとの、耳元の翡翠だけが、ドラマティックな印象です。

あるとき、彼女が珍しく白いシャツを着て、髪をアップにしていました。耳元にはいつものピアス。わたしは思わず、「ピアス、素敵ね」と声をかけていました。

すると彼女は嬉しそうに、これは20歳の誕生日に祖母からプレゼントされたもので、気に入って何年もつけている、と言うのです。

当時のわたしにとって、何年も一つの同じピアスだけを大切につけ続ける、という発想は驚きでした。

わたしも何か、思い出が宿るジュエリーをつけたい…そう思いました。

キラキラと光る石より、光を吸い込むような翡翠が素敵だな。控えめな、けれど深い森を思わせる光は、彼女の思慮深さを表しているような気がしました。


憧れのマダム、マリアグラツィア

ブレラ地区のジュエリー店はMGBと言う名前でした。店主であるデザイナー、マリアグラツィア・バルダンの頭文字をとったものです。

マリアグラツィアのジュエリーは、珊瑚やターコイズに東洋の古いコインを組み合わせたデザインが特徴的で、ハイブランドとはまた違う、個性的な顧客たちに愛されていました。

なにより、マリアグラツィアが本当に美しい女性でした。

ミラノのマダムは母性的なひとが多く、それに加えて女としても自立しています。甘ったれた感じのひとや、若作りして地に足のつかないようなひとはあまり見かけません。

それでいて、社会全体が女性に求める価値観の第一は「官能的であること」ですから、なかなか一筋縄ではいきません。

マニッシュな服装を好むひとが多いことも、ミラノ流のひとつ捻ったセンシュアルの演出だと言えます。

マリアグラツィアの、暖かさの滲み出る笑顔と、ひとり立って生きていく凛々しさと、恋人に魅せるチャーミングな貌は、幾度となく店に通っているうちにうちに、強い憧れとなっていきました。
 

まだ似合わない、けれどいつか

4年ほどが過ぎ、日本に帰国する日が近づいてきました。

ミラノの思い出にMGBのピアスを買おう、わたしはそう決めて密かにお金を貯めていました。

勇気のいる買い物でしたが、辛いことも何とか乗り越えてきたミラノの日々の思い出に、ほしかったのです。

帰国があと1週間に迫った日、おしゃれしてMGBに行きました。そしてあの翡翠をつけてみると、悲しいかな、少しも似合いません。

わたしの顔が、いや全身から醸し出すものが、完全に負けていました。お呼びでない? そんな言葉が頭の中をぐるぐるとまわります。

マリアグラツィアも、心なしか悲しそうな顔をしてこちらを見ています。そうか、やっぱりあなたも似合わないと思うのね。

けれどわたしはそれを購入しました。これだけ美しい翡翠にはもう2度と会えないだろう、いまは似合わないけれど、これから時間をかけて似合わせていけばいい…と。
 

時と思い出がジュエリーに宿る

40代、50代と、いろいろな服に合わせてみましたが、なかなか似合うようにはなってくれません。そしていま、60代を迎えて、やっと少しだけ距離が縮まりました。

頬や首が痩せて、陰翳が出たのがよかったのでしょう。張りのある若い肌には、翡翠はまだふさわしくなかったのです。

合わせる服は黒。夏はリネンのシンプルなワンピースに、今年の冬は毛足の長いウールのノーカラーコートがよさそうかしら、と考えています。

ひとつのジュエリーを、何十年もかけて似合わせていくこと…。

30代のあの時、わたしは未来を買ったのかもしれません。もっと言えば、未来の自分への希望を。

流行にあまり左右されず、経年変化しない鉱物は、長い時間を宿すのにふさわしいものです。

時と思い出。それらを内包する物を少しだけ持って生きていきたい…いま、そんな気持ちでいます。