大学院生活も2年目に突入しました。1年目はただただ関心あることの幅を広げることに費やしましたが、2年目はそれを深めるべく、修士論文のテーマを教授と詰めているところです。

平日の夜に教室に飛び込んでいます。年齢も職業、国籍も違う同級生とのワークショップなども多く、自分の視野の狭さに落ち込むばかりです。

編集長になると分かっていた昨年、私は大学院の入学を決めました。「忙しくなるのになぜ?」とたくさん質問を受けました。それにより転職が有利になるわけでも、出世が確約されるわけでもありません。受験勉強や資格試験のように目的が明確なための勉強ではなく、人生の後半戦突入を自覚した時に、「自分って何なのかなぁ?」「ほんとうに考えるべきは何なのかなぁ?」と腰を据えて考えるのに時間を費やしてみたくなったのです。大袈裟にいうなら、人生を最後まで楽しく走るきるための筋力が衰えているかもしれないな、と……そう、そのための自信をちょっと養いたくなったのだと思います。

年齢を言い訳にしてしまいそうになった時は、数年後の自分が今の自分を振り返っているように考えればいい、と言われたことがあります。たとえば、55歳の私が45歳の現在の私に「まだまだ若い。何でもできるね」と呼びかけるような感覚で。よく言われることですが、「今日の自分がいちばん若い!」は、まぎれもない真実なわけで!

論文執筆のための本たち。いつもは斜め読み派なのですが、じっとり(笑)と時間をかけて読んでいます。今のところのざっくりとしたテーマは(まだまだ詰め切れていません……!!!)、「女性と自信」について。

先日、紹介したカリスマメンズバイヤーのMBさんが「“たかが”ファッションをアップデートすることで、人から褒められ、それで自信をつけたら今よりずっと行動できる自分になれる」と語られていました。ファッションだけではなく、ほんのささいなことであっても、それらは蓄積されて、確実な変化となって表れてくるはず。

自信をつけるという方法は人それぞれたくさんあると思います。私のように学び直しをしても良いし、ジョギングを始めてもいいし、服を新しい組み合わせで着てみてもいいし、スキンケア方法を変えるだけでもいい……昨日と同じ自分をなぞりすぎないよう、自分の心の負担にならない程度の小さな変化を与え、重ねてみる。そうしているうちに、それ自体を楽しめるようになったらしめたもの。始める時に、わかりやすいご褒美、約束された成功は見えないかもしれないけれど、あとはその感覚を続けて楽しめれば、きっと“自信の芽”のようなものが顔を出してくれるのかな、と思っています。