天皇・皇后両陛下が11月22・23日に伊勢神宮へ

いつしか大人と呼ばれる年齢になり、慌ただしく日々を暮らしていると、ときに曜日の記憶すらあいまいになってしまうことがあります。新元号「令和」が日常に溶け込んだいま、「平成」がはるか遠いことのようにも感じられますが、私たちは今年の4月まで「平成」という時間を生きていたのでした。

そんな数十年に一度という特別な一年もあとひと月余りとなりましたが、新天皇即位後、初めての新嘗祭(にいなめさい)となる重要祭祀「大嘗祭(だいじょうさい)」(11月14・15日)を終えると、天皇・皇后両陛下は11月22・23日の伊勢神宮を皮切りに、奈良・京都・東京(八王子)にある歴代天皇陵を参拝され、春から続いた皇位承継に関するすべての祭儀が無事に終了したことをご奉告なさることになっています。

即位祝賀パレード「祝賀御列の儀」の天皇陛下と雅子さま(2019/11/10)写真/JMPA・講談社

天皇・皇后両陛下はなぜ伊勢へ?
それは伊勢神宮が古来、皇祖神とされる天照大御神をお祀りしているからに他なりませんが、かつて伊勢神宮には神饌を除き、天皇以外がお供えすることを禁止した「私幣禁断(しへいきんだん)」という制度がありました。
しかしこれはお供えに関するルールであって、一般の参拝まで禁止するものではなく、奈良時代にはじめて行われたという神嘗祭(かんなめさい)などに遣された勅使のお供たちは、都へ戻った後、神宮の様子やそこでの体験を都の人々に口伝え、それをきっかけに伊勢神宮の存在が民衆に広まっていったといわれています。

いわば土産話からの口コミですが、伊勢の噂は全国へと広がり、大注目スポットとなった伊勢神宮には鎌倉時代すでに多くの参拝者がありました。
その後の乱世を経て、爆発的ブームとなるのが江戸時代。徳川による天下統一で太平の世となり、東海道をはじめとする五街道が整備され、全国からの参拝が容易になったことも一因でした。

 


日本の総人口の1/8が押しよせた、大ブームの伊勢参り


このころ庶民の間に起こった伊勢神宮への集団参詣を〈お蔭参り〉と呼びます。
江戸前期の1650年「慶安のお蔭参り」(江戸で発生)は、正月下旬~3月上旬まで一日平均500~600人が伊勢を目指して箱根の関所を通過したといわれています。
それがさらに本格化するのが、1705年に京都で発生した「宝永のお蔭参り」。本居宣長の随筆『玉勝間』によると多い日には一日23万人(!)が松阪を通過し、伊勢神宮への参拝者は2か月間で330万~370万人にも上ったといいます。当時の日本の総人口の1/8近くが短期間に伊勢神宮をお参りするという過熱ぶりです。
この「宝永のお蔭参り」にはじまる〈数百万人規模〉のブームは、
●1771年「明和のお蔭参り」(参拝者200万人/山城・宇治で発生)
●1830年「文政のお蔭参り」(参拝者427万6500人/阿波で発生)

と、江戸時代のおよそ260年間でなぜか不思議なことに〈約60年周期〉で起こっています。

当時の庶民にとって伊勢参りは一生に一度は叶えたい〈夢の旅〉だったといわれますが、街道が整備されたとはいえ江戸~伊勢間は約500kmの距離があり、一日に35kmを歩いたとしても片道およそ2週間。名古屋からでも3日を要し、岩手・釜石からは100日かかったともいわれます。便利な乗り物を知る私たちには想像もつかない徒歩の旅です。一体、何が彼らを駆り立てたのでしょう? 長い道中、彼らは何を見て、何を感じたのでしょう? その手引きとなるのが、今回ご紹介する太田大輔氏の新刊絵本『江戸のたび』なのです。

 

富士山を仰ぐ東海道の原宿からスタートするこの絵本は、1000年も前から東京に暮らすという架空のキャラクター・妖怪小僧をナビゲーターに、江戸時代の人々が楽しんだ江戸~伊勢神宮までの長旅を丁寧な時代考証と細密なカラー画とともに再現していきます。

 

出発点となる江戸の町には美しい水路が通り、商人たちは忙しく立ち働き、長屋では旅の支度をする人も見られます。さらに目を凝らすと通りには天秤棒を担いだ売り子、湯屋には親子連れ、おかみさんは洗濯物を干し、職人は提灯貼り、何に驚いたのか馬が嘶いています。

 

絵本は日本橋から東海道を進み、桑名から四日市を経て伊勢路に入り、伊勢神宮へとゴールしますが、太田氏の筆は留まることを知らず、道中に現れる各地の美しい風景や人々の暮らし、その場の喧噪までもが絵本の見開きいっぱいに展開されていくのです。

 
 

彩色の美しいページをぼんやりと眺めているだけでも江戸時代にタイムスリップしたような不思議な癒しを感じますが、太田氏によって緻密に構成された画面のなかには妖怪小僧やその仲間たちを探す遊びも盛り込まれており、巻末には旅装束をはじめ、「江戸のまち」の紹介や「まめちしき」という解説コーナーも。

 

多くの資料をもとに制作された『江戸のたび』は圧倒的情報量で目に迫り、一つの町を散策するだけでも時を忘れます。向き合い方は自由。一読目から深く入り込むもよし。まずはさらっと眺め、次に妖怪小僧を探し、三度目に開いたときの新発見を楽しむもよし。

手元のスマホで世界中と繋がり、曜日すら忘れてしまうほどタイトな日々を送る令和の私たちですが、ここは江戸人のペースに倣い、江戸から伊勢まで2週間で読み切ることを目標に秋の夜長の〈伊勢参り〉をゆったりと楽しんでみませんか?


試し読みをぜひチェック!
▼横にスワイプしてください(実際の絵本は右開きです)▼

 

『江戸のたび』
太田大輔


江戸から伊勢神宮までの江戸時代の旅のようすを紹介します。
当時の旅のようすが正確に描かれているのはもちろん、人間の表情やしぐさがひとりひとり、情感豊かに、いきいきと描かれているので、眺めているだけでも楽しく、昔の人と同じような旅をしている気分になれます。

文/寺田 薫