“おひとり様”という言葉にどういう印象を持ちますか? 今でこそ当たり前のように使われていますが、時をさかのぼってみると、ジャーナリストの故・岩下久美子さんが、「個」として自立し、自分ひとりの時間を楽しめる女性を「おひとりさま」と位置づけ、著書『おひとりさま』でその生き方について掘り下げたエッセイによって注目を集めたのがきっかけ。決して一人ぼっちで寂しい存在ではなく、自立した女性をポジティブにとらえた言葉でした。
2007年に連載を開始し、現在「Kiss」で隔月掲載されている谷川史子さんの「おひとり様物語」は、さまざまな立場の女性に丁寧に寄り添った作品で、読後、じんわりと心に温もりを感じることができる素敵なエピソードがたくさんが詰まっています。

『おひとり様物語(1)』(Kissコミックス)

“おひとりさま”といっても、恋人や夫、パートナーのいない女性だけとは限りません。遠距離恋愛中で物理的に離れている人もいるし、一緒に暮らしていても心が離れてしまっている人もいるかもしれません。一方、パートナー不在といっても、学生、実家住まいの女性、一人暮らしの社会人、離婚した人など立場や年齢もさまざまです。

 

人生の選択肢は無数にあり、小さな選択の積み重ねで今に至っているはずです。その先に幸せがあると信じて踏み出したものの、こんなはずじゃなかったと思うこともあるでしょう。今の生活に満足していても、ふとした瞬間に、「これでよかったの?」と不安になることだってあります。昔の友達や会社の同僚、身近な人と比べて気落ちすることだってあるかもしれません。いつ何時、予期せぬ出来事に見舞われるかもしれず、綿密な人生設計を立てたところで、その通りになるとは限りません。

「おひとり様物語」は、さまざまな年齢や立場の“おひとり様”を主人公にした1話完結のオムニバスストーリー。2008年から「Kiss」で不定期連載されているこの作品は、8月12日には9巻が発売予定で、10年以上も長く愛されています。“おひとり様”という言葉はすっかり市民権を得ていますが、平成から令和に変わっても、“おひとり様”の心は常に揺らぎ、日々の生活の小さなことで気づきを得たり、喜怒哀楽を感じたり、小さな勇気を持って前に踏み出したりしていることには変わりはないようです。

記念すべき第一話の主人公は独身、一人暮らし、いまは彼氏なしの書店員・山波久里子さん(28)です。
 

仕事が終わって最寄り駅に着くと、閉店間際のスーパーに駆け込んで夕飯用の食材を買い、ビデオ屋に寄って(というところが、時代が感じられてまた趣あり)、帰宅したら自炊。休みの前日なので、借りてきたDVDを見て、ワインとつまみ片手に楽しみにしていた本を読み、寝落ち寸前まで読書を堪能。翌日は昼頃にゆっくり起きて、自由に過ごす。独身者ならではの贅沢な休日です。

ところが、久里子さんの休日の過ごし方を聞いた、職場の後輩・アヤちゃんに「それってさみしくないんですか?」と言われてしまいます。

その場では、満ち足りた“おひとり様”の良さを力説する久里子さんでしたが、「いーです。なんか孤独っぽいから」とのアヤちゃんの答えが、時間が経つにつれボディブローのようにじわじわと効いてきます。そんな時に限って、入った店で周りが全員カップルだったり、コンビニでタッチの差で限定スイーツを買い損ねたり、久々に友達に電話をしてみたら誰にもつながらなかったりと、小さく凹むことが積み重なっていきます。このあたりの展開が妙にリアルで、作者の観察力や洞察力の鋭さが光っています。

「世界で 自分はたったひとりなのかもしれないと だれも自分のほうを向いてくれない自分のことなど考えてくれないのではないかと そんな気分になったりする」

久里子の心が陰る瞬間、痛いほどよく分かる……。こういう気持ちは、パートナーの有無に関わらず、誰もが経験したことがあるのではないでしょうか。

そんな時、突然かかってきた一本の電話。相手は後輩のアヤちゃんでした。彼女が何で電話をかけてきたのかは「試し読み」で確認してもらうとして、久里子さんはまた、明日もきっと元気に働き、暮らしていくことでしょう。

もしあなたがいま“おひとり様”であろうとなかろうと、日々楽しさや喜び、不安や焦りなどさまざまな感情とともに生きていることには変わりはありません。谷川史子さんの描く“おひとり様”には、物語の端々に共感できるポイントがあり、しんみりと考えてしまったり、ちょっと勇気をもらったり、楽しい気分になったりと、日々を生きる糧になってくれます。

人生の選択に正解がないからこそ、ときには不安になってしまうことだってあります。この作品は “おひとり様”であるかどうかは関係なく、誰かに寄り添ってもらった時のような温もりが感じられるでしょうし、どんな自分であってもそれをフラットに受け入れて、明日を踏み出すための小さな支えになってくれるはずです。
 

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『おひとり様物語』

谷川 史子 (著)  講談社

ひとりで立てる、わたしでありたい──。 彼氏がいるけど微妙な関係に疑問を感じているOL、夫に距離を感じている既婚女性、彼氏ナシ独身 etc. 色々な形の“おひとり様”を描いた共感必至の大人気オムニバス・シリーズ!