「2011年に小学校に入学した子どもの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」(ニューヨーク市立大学大学院センター教授 キャシー・デビッドソン)。こんな予測が2010年代に世界に衝撃を与えました。しかし、その予言は新型コロナ(COVID19)のパンデミックにより思わぬ形で現実になろうとしています。
先の見えないwithコロナ時代を生きる私たちには、どんな未来が待っているのでしょう? あらゆる世代に役に立つ、未来の仕事を紹介する書籍『大人は知らない 今ない仕事図鑑100』では、ただ未来を予測するのではない、もっと優しい社会、わくわくする未来を考える100の「今ない仕事」をSDGsに沿って紹介しています。
この記事では、そんな「今ない仕事」が生まれる可能性を秘めた、カトリック系女子校でのオンライン授業や学校行事の取り組みを「今ない仕事取材班」がレポートします!
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君子もシスターも豹変!カトリック系女子校のオンライン悪戦苦闘記
光塩女子学院中等科・高等科は、杉並区にある1931年創立のカトリック系女子中高一貫の伝統校だ。堅実な校風で知られ、小規模校ながら高い大学進学実績を出し続けているが、この数年、中学受験では厳しい状況に置かれてきた。
少子化の中でも首都圏の中学受験者数は、2015年から2020年までの6年間連続で増え続けてきている。しかし経済格差の拡大や大学入試の制度改革への不安を背景に、大学の付属校、公立の中高一貫、実学重視の学校が人気を集めている。そこに起きた新型コロナ感染症(COVID-19)のパンデミック。どちらかといえば、アナログ派の学校がこの危機にどのように対応したか?―――これはコロナの時代に、そこかしこで起きている「変化」のささやかな物語である。
「校長先生、高3の生徒たちから動画メッセージが届いたそうです!」そんな報告を光塩女子学院中等科・高等科の佐野摩美(さの まみ)校長が受けたのは5月18日、月曜日の朝のことだった。転送されたメールのリンクをクリックすると、軽快な音楽とともに、生徒たちの姿が次々に動き出した。
「メッセージありがとうございます! 再開したらいっぱいはしゃぎまわるので楽しみにしていてください」
「はやく学校に行って調理実習やりたいです。それまでは勉強頑張ります」
「光塩大好き―ってなりました」
それは、5月15日の金曜日に全校生徒に配信したばかりの、教員から生徒へ
の応援動画への御礼のメッセージだった。生徒たちは2日足らずで50人近くのメッセージを集め動画にしたことになる。
「生徒たちの方がよほど先にいっているじゃないの」
佐野校長と先生たちは、自分たちの悪戦苦闘を思い出し、嬉しさと頼もしさに目を細めた。
非常事態宣言により臨時休校となっていた4月の終わり、がらんとした校舎を見て光塩女子学院の中2担当、塚田聡子(つかだ さとこ)先生は同僚たちと「生徒たちに会いたいね」と話していた。すると、一人の若手教師が思い切ったように口を開いた。
「私たちで、生徒たちにメッセージ動画を送りませんか」
「いいね、それやろうよ」
反対する人はいなかった。相談した結果、生徒たちへの応援メッセージを書いた画用紙を持って写真を撮り、それを集めて動画にすることになった。佐野校長はナレーターとして語りかけることにした。シンプルな構成だが動画の完成まで2週間ほどかかった。
だが、それは光塩女子学院をよく知る人からすれば、驚くべき変化だった。
光塩女子学院は、スマートフォンやSNSに対して「石橋を叩いて渡らない」と評されるほど慎重な態度を貫いてきた。昨年(2019年)の春に部分的に解禁するまで、スマートフォンの学校への持ち込みと使用は全面的に禁止だった。SNSでのいじめや犯罪から生徒たちを守らねばならないし、生徒がひとりで考えを深める時間を奪うものと思われた。しかし生徒の側からすれば、「ネットを怖がりすぎじゃない?」、「SNSのこと全然、わかってない」ということになる。
4月1日から現職に就任する予定だった佐野摩美校長は、2月27日の安倍首相の休校要請をテレビで知った。3月に入ると新型コロナを巡る情勢は日に日に深刻度を増し、多くの命が失われ、世界中がロックダウンに入る。これは容易には収まらない、と佐野校長は確信した。そして下した最初の決定は「知らない人も含め、すべての命を守ることを最優先する」ことだった。しかし休校期間が長くなることは私立校にとっては死活問題。なんとかせねば。答えはひとつしかなかった。―――それはオンライン授業の導入だった。
「動画に顔出しは勘弁してください」
「体育のオンライン授業ってどうやるんですか」
決断は理解できるものの皆、戸惑った。スキルにも大きなバラつきがあった。教科によってはそもそもオンライン化が難しいものもあった。それでも必死の努力の甲斐あって、4月15日にはすべての先生がGoogleドライブを使っての課題配信を始めることができた。オンライン授業を始めてみると、長所や課題もはっきりしてきた。動画はわからないところを見直すことができるし、対面でない方が質問はしやすい。教員が質問に答えるため深夜までパソコンの前に張り付きになる、各教科担当者がそれぞれ張り切って課題を出し、生徒のもとには山のような課題が届いてしまうという事態も起こった。しかし緊急事態宣言が延長になった4月の終わりには、一定の目途が立つようになっていた。
「だからこそ、生徒たちに会いたいなぁという気持ちが高まっていたのはまちがいないです」と、前出の塚田先生は語る。学校で学ぶことは知識だけではない。入学式、部活動や、ボランティア活動、体育祭、修学旅行が次々と中止になっていくなかで、その欠けてしまったものの価値が身に沁みた。その思いは、先生たちからの応援動画のメッセージに色濃く現れている。佐野校長のナレーションはこんな風に始まっている。
みなさん、ごきげんよう。新米校長の佐野です。お久しぶりです。
緊急事態宣言で、中等科、高等科の入学式もできず、中1、高1のみなさんには本当に申し訳なく思っています。ごめんなさい。
とくに中1のみなさんは、光塩女子学院中等科・高等科の校舎に入試と合格者説明会など数えるほどしか足を踏み入れられていない状況で、中等科入学の実感が湧きにくい状況かもしれませんが、みなさんはれっきとした光塩女子学院中等科のかけがえのないメンバーです。
中2から高3の皆さんも3月初めの一斉休校以来すでに2か月半近く学校での活動ができず、FUSIONをテーマとする光塩祭も実現できず、ハードな日々をお過ごしのことと思います。
体調はだいじょうぶですか? 気持ちは落ち着いていますか?
若い生徒たちの心はメッセージにすぐに反応した。
「動画が届いて、わーっと思った。嬉しかった。コミュニケーションを取ろうとしてくれているんだと思った。」(高1)
「動画を見た後すぐに先生になんかお礼をしたいねって友だちと話して、メッセージを募ったらすぐ集まって」(高3)
緊急事態宣言解除後、6月1日から光塩女子学院は分散登校を開始したが、オンラインも併用している。
「今までオンラインと対面、それぞれの長所、欠点を補完しながらやれることが分かってきました。良いとこ取りをしながら第三の道を探っていくようになるのだろうと実感しています」と佐野校長は語る。
もうひとつ、佐野校長や先生たちを喜ばせた出来事があった。ホームページで光塩祭(学園祭)をオンラインで行うと発表した。本当にオンラインで実現できるスキルがあるのか確信の持てない中での表明だった。それに反応したのは卒業生たちだった。
「デジタル、大丈夫ですか!?」
「高3生は受験とかぶってたいへんでしょ、手伝いますよ」
「私たち、サークルで動画編集とかもしているし、何でも言ってください」
そんなメッセージが、次々と送られてきたのだ。そして支援の声は保護者からも上がり始めた。
光塩女子学院に限らず、オンライン授業に関しては先生が生徒の教えやサポートを受ける、外の力を借りるというのは一般的な姿になりつつある。べストセラー作家で、APU(立命館アジア太平洋大学)学長の出口治明(でぐち はるあき)さんは、インタビュー(掲載『大人は知らない 今ない仕事図鑑100』講談社刊)の中でこのように語っている。
「知と知の間の距離が遠いほど、おもしろいアイデアが生まれる。これこそダイバーシティ(多様性)そのものですね。多様で思いがけないことが起きる場所でなければ新しい知恵が出てくるはずがないということです」
デジタルデバイスが当たり前の若い世代と別のスキルを持って暮らしてきた世代が、「困りごと」を通して、フラットに話し合い解決していくことができるなら、これこそ「新しい知恵」が生まれてくる場所と言えるのではないか。
光塩女子学院で起きている「変化」は、社会のそこかしこで起こっている、ささやかでありふれたものだ。しかし、そこには多くの人の意思があり、「こうなったらいい」という構想がある。それは、きっと大きな流れとなって新しい未来を作っていくに違いない。
上記の出口治明さんのインタビューが掲載された『大人は知らない 今ない仕事図鑑100』(講談社刊)は、SDGsに基づき今、何が起こっているのかを知って、何が必要なのかを知ることができる事実に基づく空想仕事図鑑。大人こそ読みたい内容だ。
「今ない仕事図鑑」取材班
講談社内の主に10 代の子どもを持つ編集者によって構成。「働くこと」について子どもたちへどのように教えたら良いか、また、古い常識にとらわれない新しい知識の必要性を感じ、書籍『大人は知らない 今ない仕事図鑑100』のプロジェクトをスタートさせた。
試し読みをぜひチェック!
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『大人は知らない 今ない仕事図鑑100』
監修/澤井智毅(WIPO〈世界知的所有権機関〉日本事務所長)
構成・文/上村彰子+「今ない仕事」取材班 漫画・イラスト/ボビコ
あらゆる世代に役に立つ、未来の仕事図鑑、登場!
国連のSDGs(持続可能な開発目標)に沿って、世界がどんな課題に直面しているか、AIやロボティクスなどの技術革新によって私たちの生活や仕事に何が起きているかを紹介。ただ未来を予測するのではない、もっと優しい社会、わくわくする未来を考える100の「今ない仕事」を掲載しています。<図鑑+仕事インタビュー+自分発見シート>で、「やりたいこと」きっと見つかります!
◆構成
まんがによるイントロダクション/解説/今こんなことが起こっている/今ない仕事図鑑/インタビュー/自分発見9マスワークシート
◆インタビューした方々:今までない仕事を切り開いてきた方々にインタビューしています。
孫小軍さん(BionicM代表取締役 ロボット義足の開発者)
村田早耶香さん(特定非営利活動法人かものはしプロジェクト共同代表)
山崎聡一郎さん(『こども六法』著者 教育研究者 写真家・声楽家)
酒向萌実さん(株式会社GoodMorning代表取締役社長)
今泉忠明さん(動物学者、『ざんねんないきもの事典』監修者)
出口治明さん(立命館アジア太平洋大学(APU)学長)
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