旅行や帰省、イベントなど、「特別な思い出作り」が容易ではなかった今年の夏。筆者も毎年恒例の「青春18きっぷ」を駆使した鈍行列車の旅をあきらめ、家の窓から過ぎゆく夏を眺めていました。でも、スペシャルなことが起こらない日々に嘆息する必要なんてない、むしろ普通の毎日にこそ幸せがある。そう教えてくれたのが、ふじひとさんのコミックエッセイ『じじ猫くらし』です。

本書の物語の舞台は、ほとんどが家の中。主人公・ふじひとさんと1匹のおじいちゃん猫は、私たちと同じように、ごはんを食べて、仕事をして、眠って、いつしか季節が過ぎて――そんな毎日を過ごしています。ふじひとさんにとって、猫との生活はあたりまえで、とても特別なもの。自分の「あたりまえで特別」な存在ってなんだろう? そんなことをしみじみと考えさせてくれるふたりの日常風景を、特別に一部抜粋してご紹介します。

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12年前に実家で引き取った子猫。ふじひとさんと猫は一緒に大人になり、今は実家を離れて1人と1匹で同じ屋根の下に暮らしています。玄関を開けたら、そこに猫がいる。そんな生活が物語の舞台です。

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実家にいた頃、家族の食事タイムになると必ず一番乗りで食卓につく猫。ふじひとさんに悟られぬようテーブルのアジに手を伸ばしてみたり、気配を察知してしらんぷりしてみたりと、攻防戦は日常茶飯事のようす。

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ふたり暮らしになってからも、もちろん猫の予測不能な行動は続きます。寝ると見せかけて始まる真夜中の運動会に、ドアの外で寂しそうに鳴いたかと思いきや、開けてあげると得意気に威嚇してくるなんてことも。

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そんな猫をひたすら愛でるだけでなく、淡々と受け入れたり、時に呆れて受け流すふじひとさんには、猫暮らし歴12年の貫禄を感じずにはいられません。

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そんなやんちゃな男の子猫も、今では人間の年齢でいうと64歳くらいのおじいちゃん猫に。ふじひとさんは健康を気遣って猫用の「シニアご飯」をあげてみるものの、猫はまだまだ年寄り扱いしてほしくないようです。

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その後も普段と変わらぬ攻防戦を繰り広げていたふたりですが、ある日、玄関に迎えにきた猫を目で追っていると、後ろ足の爪が出しっぱなしになっていることにふじひとさんは気づきます。念のため獣医さんに診てもらったところ、加齢による腱の衰えが原因のようでした。

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あらためて、猫の年齢を意識してしまうふじひとさん。見つめる先には、いつもと変わらない、愛おしい猫の姿がありました。

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大きな口を開けてひとつあくびをするおじいちゃん猫。ささやかな幸せを再確認するふじひとさん。これからもふたりを待っているのは、普段と変わらない、何の変哲もない、特別な毎日です。

 

猫や犬、動物と一緒に暮らすことの楽しさはもちろん、代わり映えのしない日常生活の中にこそかけがえのない幸せがあることを教えてくれる、じんわりと心に染み入る一冊です。

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『じじ猫くらし』

著者:ふじひと KADOKAWA 1100円(税別)

出会って12年。おじいちゃんになった猫との、なにげない幸せが詰まった日常を描くコミックエッセイ。猫に向けられるふじひとさんの優しい眼差しと、丁寧な描写に心温まる一冊です。

構成/金澤英恵