私なんかが声を上げることではない、と思ってしまう人もいるはず


そんな惑星難民Xの存在が、なぜ知られるようになったのか。そのきっかけはアメリカがその存在と受入を発表したから。ある宇宙飛行士が、その人をスキャンしてソックリさんとなった「惑星難民X」とともに現れたからです。衝撃とともに巻き起こったのは、「異物」への脅威論と排斥運動、そしてネット上ではそのバックラッシュとも言えるカミングアウトーー「私も惑星難民X=#Xtoo」が始まります。

さてここで三人目の主人公、柏木良子をご紹介しましょう。いわゆる「男好きする」と言われる良子は、ただ強く言われると断れず押し切られてしまうタイプです。ですがそこに計算や快楽があるわけではなく、むしろ蔑まれることのほうが多い自分を嫌悪してすらいます。そして最悪の経験をした末に、男との関わりを持たずに済むようにと、地味に孤独に暮らしているのです。

 

パリュス:きっかけは、#MeTooの盛り上がりの中で出てきた「性的同意」という言葉に、ちょっとドキっとしたことです。もちろん男性から強要されてはいなくても、女性の中には、付き合っているんだから、とか、嫌われてしまうんじゃないか、といった理由で「うなずかなきゃいけないような気持ち」があるというか。このモヤモヤをすごく書きたいという気持ちがあったんです。ただ世の中の#MeTooの流れの中で、声を上げる大切さについて理解してはいても、立ちすくんでしまう人も多いんじゃないかと。言うほどのことじゃないんじゃないか、とか、この程度のセクハラは日常茶飯事だし、こんなことで目くじら立てるのは心が狭いのかな、とか思ってしまう人もきっといる。そういうところを良子にこめられたらいいかなと。

「惑星難民X」の受け入れ問題を前に、三人の主人公は様々なことを考えます。
例えば「彼らもまた派遣社員になったりするのだろうか」と想像する紗央は、そんな平均化と同化を強いられる彼らをどこか不憫に思い、「惑星難民Xは、26歳の平凡な私と何が違うのだろう」と自問します。

リエンは、「惑星難民Xの受け入れをきっかけに、外国人を含む平等が進むのでは?」と期待する友人たちとをよそに、「逆に惑星難民Xとともに、自分たちも排除されるのではないか」と恐怖を増してゆきます。

「惑星難民Xに『平均』でなく優秀な人をスキャンしてもらい、行き詰まった地球を変えてもらえばいいのに」と考えてしまう良子は、翻って、#MeTooを前にひっそりと物言わず生きる「平均以下」の自分のあり方を許してほしいと考えています。
 

言葉が通じるからと言って分かりあえているわけじゃない


ちなみに「惑星難民X」のスキャン能力は、生涯で一度きりしか使えません。だから「平均的な人間」に変貌した「惑星難民X」は、その生涯を「平均的な人間」のまま終えることになります。読み進み、惑星難民Xの情報が明かされていくに連れ、「人間」と「人間に変化した惑星難民X」の違いは曖昧になってゆき、登場人物のほとんどすべてが、実は「惑星難民X」なのではないかとすら思えてきます。

パリュス:よく話が通じない人を”宇宙人と話しているみたい”とか言いますよね。結局のところ、同じ日本人で同じ日本語でも、全然理解し合えない人もいると思うんですよ。全然別の星に生まれた人でも分かり合えるかもしれないし。分かり合えると思っていると分かり合えなかったり、分かり合えないことを前提にしていると分かりあえたり。
私と夫はフランス語で話していますが、私の語学レベルは高くないので、日本語だと凝った表現でやんわりジワジワ攻められることでも、わりとストレートにバーンと切り込む感じになるんです。それが意外といいのかもしれないなと思ったりします。

作品には、言語も含んだ様々な、そして複雑な「相互不理解」があり、そして時には自分すら理解できていない人間の姿が描かれてゆきます。その中で三人の女性を始めとする、様々な人達の生きづらさが、徐々に浮き彫りになってゆきます。

明確なのは、「惑星難民X」はエイリアンではあるけれど、その目的は「戦い」ではないということ。ただ穏やかに、平和に暮らしてゆきたいだけ。ちなみに英語の「エイリアン」には「宇宙人」「異なるもの」「外国人」など様々な意味があります。

パリュスさんはいいます。

パリュス:フェミニズム小説を書きたいとか、社会派を目指したわけではなく。『隣人X』は、自分自身のモヤモヤを書いた、ある意味ではかなり個人的な作品なんです。ただ、
読んでくださった女性の方には、どこかしらに「わかるな」と共感していただけたり、響く部分があれば嬉しいです。書きたい物語がぽんぽんといろいろ浮かんでしまうほうなんですが、そういうものって自分の中からしか出てこないと思うんですよね。ですから自分の体験に根ざした、女性が感じるもやもやしたものを、まずは書いていけたらなと思います。


今回は、『隣人X』刊行を記念して、『隣人X』のプロローグ:とある施設のとある実験、と紗央が社員証を紛失するシーンから始まる紗央編:「土留紗央の落とし物」を無料公開いたします!


▼右スライドでお読みください▼

理解できないものを排除したい本音。小説現代長編新人賞『隣人X』が描く現代のモヤモヤ_img2

『隣人X』

著 パリュスあや子
1400円(税別)講談社

20xx年、惑星難民xの受け入れが世界的に認められつつあるなか、日本においても「惑星難民受け入れ法案」が可決された。惑星xの内紛により宇宙を漂っていた「惑星生物x」は、対象物の見た目から考え方、言語まで、スキャンするように取り込むことが可能な無色透明の単細胞生物。アメリカでは、スキャン後に人型となった惑星生物xのことを「惑星難民x」という名称に統一し、受け入れることを宣言する。日本政府も同様に、日本人型となった「惑星難民x」を受け入れ、マイナンバーを授与し、日本国籍を持つ日本人として社会に溶け込ませることを発表した。郊外に住む、新卒派遣として大手企業に勤務する土留紗央、就職氷河期世代でコンビニと宝くじ売り場のかけもちバイトで暮らす柏木良子、来日二年目で大学進学を目指すベトナム人留学生グエン・チー・リエン。境遇の異なる3人は、難民受け入れが発表される社会で、ゆるやかに交差していく。

取材・文/渥美志保
 構成/川端里恵(編集部)
 
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