「不毛の地」だった原宿駅周辺を10万本の木で森にする

明治神宮と森。背後は新宿の高層ビル群 画像提供/明治神宮

コロナ禍の初詣は、いったいどうなるのでしょう?
日本一の初詣参拝者数(なんと300万人!)を誇る明治神宮は、今年2020年11月に鎮座百年を迎えました。

 

平時でも賑わう原宿駅から神宮橋を渡り、鳥居を潜り抜けると、もうそこは神域。本殿を中心に広がる深い森は、空気まで変わる別世界のよう。
東京のど真ん中に、こんな森が残ってるなんて!
ーーと、思ってしまいそうですが実はこの森、「残っている」のではなく「造られた」のです。

かつてこの一帯は代々木の地名となった1本の大きなモミの木が目立つくらいで、「土地が荒れ果て不毛の地であった」と資料に残されています。

100年前、全国から寄付された約10万本もの献木を、のべ11万人もの人々が奉仕(ボランティア)により一本一本植えて造りあげた、世界でも珍しい「人工の森」。その誕生の背景には3人の林学者たちの存在がありました。

原宿駅北口から南方向 画像提供/明治神宮


大隈重信は大反対! 3人の林学者の「100年先を見据えたプロジェクト」


明治天皇崩御により立ち上げられた明治神宮創建の基本計画には、多くの専門家たちが参画します。その中に、「森の設計」を担う3人の林学者たちがいました。

彼らが目標とした鎮守の森は、太古の原生林。

深い森の暗い環境でも育つ力があり、落ち葉は堆肥となって土を肥やし、落下実から次世代の幼樹が繰り返し生まれていく。微生物からキノコ、昆虫、鳥や獣たちまで多種多様な生き物が集まり、都市の中に「命の循環」が生まれる。そんな「永遠の森」の担い手として選ばれた樹種は、常緑広葉樹のシイ・カシ・クスノキなどでした。

ただし、神宮の森としての風格を早く整えるためには、樹木の生長を待っていられません。そこで植栽計画は、50年後、100年後、150年後の三段階で考えられました。

最初から森に風格を出すためには、高木でやせた土地にも強いマツやスギなどの常緑針葉樹を適宜配置し、その間にまだ背の低いカシやシイなど常緑広葉樹を植えました。50年間で次第に常緑広葉樹が針葉樹を圧倒し、150年後には目標の林相になるという展望です。

「明治神宮御境内林苑計画」における遷移予想の図 画像提供/明治神宮

ところが時の総理・大隈重信は、そんな雑木林はもってのほか、伊勢神宮や日光東照宮のような荘厳な杉林にするべしと大反対をします。

林学者たちは綿密な研究結果の提示と、将来を見据えた強い信念をもって政府を説き伏せ、いまこの通り、命あふれる森となりました。自分がこの世を去った100年後の森の姿に想いを託し、真摯に取り組んだ学者たちの情熱には胸を打たれます。
 

3000種の生物が暮らす「人工の原生林」では新種も発見


予想通りの姿となった森は、予想外の高層ビルやブランドストリートに挟まれながら、3000種もの生物の宝庫となりました。絶滅危惧種のカントウタンポポやミナミメダカなどが確認され、新種の生物も多数発見されています。

撮影/佐藤岳彦
撮影/佐藤岳彦
撮影/佐藤岳彦
撮影/佐藤岳彦

自然の森は鎮守の森。
参道は掃き屋さんと呼ばれる人たちの手で、いつもきれいに掃き清められています。手作りの竹ぼうきで丁寧に集められた落ち葉は、大きな背負いかご等にまとめられ、再び木々の足元へ。捨てることはせず、すべて再び森の栄養になります。

自然の森は循環する森。
訪れる私たちもこの森からは、落ち葉一枚、どんぐり一個たりとも持ち出してはいけません。


雑木の森が教えてくれる防火、防虫、ゆずり合い?


昭和20年4月14日未明の空襲により、明治神宮は社殿喪失という甚大な被害を受けました。周辺地域は火の海となりますが、森の多くは焼け残り、空襲で焼け出された住民たちの避難場所という役目を果たします。

燃えやすい針葉樹ではなく広葉樹の混在林だったために難を逃れたとも、森の持つ湿度が火を弱めたとも、言われています。(杉林にしなくて本当によかった……!)

空襲で社殿を消失 画像提供/明治神宮

混在林はまた、虫に強い森を作ります。ある種の樹種が虫にやられても、他の樹種はその虫に強ければ、壊滅的な被害は避けられるからです。これもひとつのダイバーシティと言えるでしょう。

参道で視線を上げると、樹冠同士の不思議な様子が目に映ります。枝葉がお互い重なり合わずパズルのように留まる姿。これは「クラウン・シャイネス(シャイな樹冠)」と呼ばれる現象。「ここまでいい?」「はいどうぞ~」とスペースを分け合う会話まで聞こえてきそう。コロナ禍の今では元祖ソーシャル・ディスタンス?

森のそこかしこで見られるクラウン・シャイネス 撮影/横川浩子


次の100年へ 次世代にこそ伝えたい、永遠の森


森が繰り返してきた命の営みは、未来を生きる次の世代にこそぜひ伝えたい奇跡です。
明治神宮の森100年の成り立ちをスダジイの大木が小鳥たちに教える。そんな語り口の絵本『100さいの森』が今秋刊行されました。

日本屈指の自然絵本作家である松岡達英さんが、この森を自ら歩いて取材し、息をのむような素晴らしい絵で綴っています。小鳥たちと一緒に、絵本の森へ!

取材中の松岡達英氏 撮影/横川浩子


原宿駅が2020年夏に建て替えられ、森の外はさらに景色が変わりつつあります。いつもは駅を降りるとそのまま表参道や竹下通り方向へと坂を下りる皆さんも、Uターンして「ハッピバースデー100歳!」の森を体感しては?

明治神宮ミュージアムにて『100さいの森』の原画を展示中!2020年10月17日(土)~
※明治神宮鎮座百年祭記念展の一部として、ミュージアムの入り口正面に原画全点を展示しています
 


試し読みをぜひチェック!
▼右にスワイプしてください▼

 

『100さいの森』
著 松岡達英

全国から寄贈された10万本の木を植えてつくられ、世界でも例のない広大な人工の森。それが明治神宮の森です。
東京のほかの場所では見られないような生きものも、この森では息づいています。最初は人の手によって植えられたものの、そのあとは、自然に木々が育ち、倒れ、移り変わっていくのにまかせて、森は成長し、変化してきました。その成長と変化は、さらに何百年と続いていくでしょう。これはそんな奇跡の森の物語を、精緻なタッチで描いた絵本です。

養老孟司氏推薦
「大都市の東京に、明治神宮の百年の森。
これは奇跡です。それも人工の森ですよ」


文/横川浩子