40歳の女に「女子会」は必要ない
「早希ちゃんだろ?さっきの電話」
湊人の就寝後。二人きりになったリビングで、貴之は待ち構えていたように口火を切った。夫なりに意識しているのか、息子の前では滅多に不機嫌さを露わにしないのは有難い。
「彼女って、相変わらず独身だったよな」
「え?うん……」
「で、用件は?」
先ほど、早希から早速LINEが届いていた。次の土曜の夜に西麻布のイタリアンを手配してくれたのだ。この場所ならば美穂の自宅から近い。彼女の気遣いが伝わった。
「土曜の夜に、改めてみんなで集まるの。ほら、上海に駐在してた朋子ちゃんも帰国したんだって。だから私も……」
「夜?どこで?何時から?」
キッチンの片付けをしながら美穂はなるべく明るく答えたが、貴之の声のトーンはあからさまに下がった。
「……7時半に、西麻布で……」
「あははははっ」
突然大きな笑い声を張り上げた夫に思わずビクリとする。
「40の女が西麻布なんかに集まってどうすんだよ。イイ歳して女子会とか言うんだろ?みっともないからやめとけよ」
「え……」
「早希ちゃんは独身だし、あの男っぽい商社マンの子もバツイチだっけ。絵梨香ちゃんも子どもいなくて、自分にお金かけるのに必死そうだもんなぁ」
何がそんなに可笑しいのか、貴之はまだ笑い続けている。切れ長の目と薄い唇が大きく動く。普段はあまり表情を崩さないぶん、激しく笑う夫にはどこか不気味さが漂った。
「そういう女って、似たもの同士で酒飲んでクダ巻いて、愚痴り合って日頃のストレス発散させるのが楽しんだろうな。でも美穂はそんな必要ないだろ?一番幸せなんだから」
言葉が出ずに固まる妻をよそに、貴之は「美穂は本当に恵まれた女だよな」とニッコリ微笑むと、もう話は終わったとばかりにビジネス書を向かった。
美穂はその場に立ち尽くし、そんな夫を茫然と眺める。
貴之との出会いは20代の頃、新卒から勤めていた大手航空会社のCA仲間との食事会だった。紳士で真面目で頼りがいがあって、4つ年上だった彼は美穂の目に随分大人の男性に映った。
コンサルティング会社勤務の貴之は当時から多忙だったが、デートの頻度高く連絡もマメで、交際半年で「美穂を絶対に幸せにする」とプロポーズされたときは嬉しくて涙が出た。
貴之の言葉を信じて疑わなかったし、彼は宣言通り、自分に女の幸せを与えてくれたはずだ。
1カラットの婚約指輪にラグジュアリーホテルでの結婚式、表参道の新居。体力的にキツくなっていたCAの仕事は30歳前に辞め専業主婦になることができたし、何より可愛い湊人も生まれた。これは、美穂自身も望んでいた幸せのカタチだったはずだ。
なのに、どうして。
今美穂が感じているのは、おそらく失望という感情なのだ。
「……私、今回は行く。大事な友達に会うの。私の友達のこと、馬鹿にしないで」
少しばかり神経質な夫や近所に住む義母に気遣うのも、二人目を授からなかったことや子育ての不甲斐なさを責められるのも慣れているし、自分にも落ち度があると思う。
けれど親友を笑われるのは、どうしても我慢できなかった。
Comment