支配欲を「愛」と呼ぶ、異常なモラハラ夫
これまでずっと、美穂はモラハラの事実を否定していた。問題なんかないと強がっていた。
しかしついに夫の支配を逃れた彼女が語った「モラハラ実態」は……早希の想像を遥かに超えて生々しく、悲惨だった。
聞けば夫のモラハラは今に始まったことではないという。
なんでも、新婚当初から「仕事が忙しい」というたったそれだけの理由で何の非もない美穂を無視したり、急に生活費を渡されなくなったこともあったとか。
……やはり、早希が感じた違和感は当たっていたのだ。結婚式で美穂のことを「どこに出しても恥ずかしくない」と紹介した夫。その物言いが、早希は最初から引っかかっていた。
それだけじゃない。子どもが生まれてからは「思考力が低い」だの「母親失格」だの怒鳴られ、美穂は家の中で終始、夫の機嫌をうかがって暮らしてきたというのだ。
信じ難い暴言に、理不尽きわまりない仕打ち……早希は怒りを通り越し吐き気すら覚えた。
しかも美穂の携帯がずっと圏外だったのはスマホを湯船に沈められたせいで、家を出る覚悟を決めたきっかけは手を挙げられたからだと聞いたときには、頭に血が上ってどうにかなりそうだった。
「どうして……いったい何の権利があってそんなこと……」
声を漏らしながら、握りしめた手に力が入る。小さくて華奢な、冷たい手。こんなにもか弱い女を虐げる男がいるなんて……しかもそれが、妻子を守るべき立場の夫だなんて……。
結婚式で見た以来の、美穂の夫の顔が思い出される。鳥肌が立った。対外的にはスマート紳士を気取っておきながら、弱い立場の妻を虐げるなんて……どこまで卑劣で最低な男だろう。
しかもモラハラ夫は力で美穂をねじ伏せておきながら、機嫌が治ると急に「愛してる」などと言うらしい。
どこが、何が、愛なのか。身勝手かつ卑劣な支配欲で妻を怯えさせておきながら。
そんな男……夫だろうが子どもの父親だろうが、1秒たりとも一緒にいるべきではない。家を出て正解だ。
「私、ほんとにバカだなぁと思って。幸せな家庭に執着してたのに、こんなことになって……」
一部始終を話し終えた美穂は自らを嘲笑った。力のない、諦めを含んだ声。しかし執着を手放した清々しさも感じさせた。
「美穂はバカなんかじゃないよ」
そう語りかけながら、不覚にも目頭が熱くなる。早希が泣く場面ではないのに、美穂の目に涙が浮かんでいるのを見たら止めようもなく感情が溢れ出した。
「私は美穂の味方だから。美穂を応援する。必ず力になるから」
――そうだ。夫が美穂の味方をしないなら、私が味方をする。力になる。美穂がモラハラ夫から逃げるにしても戦うにしても、絶対に支えてあげる。
決意するように、早希は美穂の手を再びギュッと握る。その途端、不思議な感覚に襲われた。力がみなぎるような、熱い感情が心に広がったのだ。
人生は平坦じゃない。思い通りにはいかない。自分だけで解決しない男女関係は特にそうだ。
信じていた彼に婚約破棄されることもあるし、結婚したって幸せな日々が続くとは限らない。セックスレスになったりモラハラに遭ったり、落とし穴はそこかしこに潜んでいる。
「まさか」の出来事で人生の計画が狂ってしまったとき。分かり合える、支え合える女友達の存在がどれほどありがたいか……早希は自身の経験からもよく知っていた。
ついに泣き出してしまった美穂。その肩をさすってあげているうち、すっきりモヤが晴れるように、早希の頭に一つの考えが浮かんだ。
――やっぱり、ママ雑誌の話は断ろう。
悩んでいたのが嘘みたいに、迷いが消えていく。
独身・妻・ママ。そんな風にカテゴライズして仲間を減らすのはもったいない。立場が違って共感が難しくても、理解ならできる。思いやりだって持てる。そうやって助け合った方が絶対にいい。
どれだけ注意して生きていても「まさか」は誰にでも起こりうるのだから。
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