戦争でひとりぼっちになった母親のもとに、死んだはずの息子が現れるーー再演が決まった舞台『母と暮せば』は、同名の映画を原作に母と息子の愛情を描いた作品です。初演に引き続き母を演じるのは、『逃げるは恥だが役に立つ』みくりの母・森山桜など、今もっとも母親を演じている富田靖子さん。母親を多く演じるようになり、さらに女優としてのスタンスも少しずつ変わってきたのは、母親になってからなんだとか。役に生かされ、役によって気付かされてきた、自身の「お母さん像」とは、いったいどんなものなのでしょうか?
お客様に見せることを意識しない“ふたりだけ”の演技
「初演の時は、いい部分もだめな部分もひっくるめていっぱいいっぱいで。吉永小百合さんが演じた映画版の大きさもあるし。稽古場に山田洋次監督がいらっしゃった時も、遠くに離れたところであわあわしている感じで。今回は、吉永さんは吉永さん、私は私と比べずにいられる自分がいて、もし山田監督がいらしてもきちんとご挨拶できると思うんです。何度も芝居を繰り返したことによって、信子が自分のものになったのかもしれません。私にとってはとても大きいことです」
再演に際してご自身でも考えたのは、「初演の時のういういしさは求めない」こと。両者の魅力の違いを例えるなら「お漬物の“浅漬け”と“しっかり浸かったもの”みたいなもの」と富田さん。味わいの違いはどんなところにあらわれるのだろうか。
「『母と暮せば』は切ないお話なんですが、母息子のホッコリする場面や、楽しい場面もある舞台なんです。初演時は松下洸平さんとも初対面で『どういう人なんだろう、どういうお芝居する人なんだろう』と思いながらやっていましたが、その後にNHKの朝ドラ『スカーレット』の共演で長い時間を一緒に過ごしたので、今回は、何をやっても大丈夫という安心感があるんですよね。たぶん、ほっこりした部分はよりほっこり、楽しい部分はより楽しくできるのではないかなと」
「お客様に見せることを意識せず“ふたりだけ”で芝居してほしい。そのほうが二人をちゃんと見てくれるし、セリフもちゃんと聞いてくれるから」。演出家・栗山民也さんからのそんなオーダーには戸惑ったという富田さん。その部分においても、松下洸平さんの存在は大きかったようです。
「そんなことを言われたのは初めてで。舞台は最後列まで届くよう声を出し、伝えることを意識するものだと思っていたので、 はい?ってなったんですよね。それで松下さんに『具体的にはどういうことですか?声のボリュームを出さなくていいってことなんでしょうか?』と聞いたら、松下さんが『栗山さんが大丈夫っていうんだから、大丈夫ですよ』といってくれたんです。もし松下さんが不安げだったら私も不安のままだったろうけど、すごく普通にそれをやっているから、大丈夫かなと。実際に舞台に立ってみると、観客の方は演技に集中して耳を澄ませてくださってる。声の大きさにとらわれることはないんだなと。すごく新鮮でした」
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