日本の伝統的な話芸といえば「落語」。ドラマ「タイガー&ドラゴン」やアニメやドラマにもなったマンガ『昭和元禄落語心中』(講談社)などがあり、「笑点」などテレビで活躍する落語家も多く、身近に感じることも多いのではないでしょうか。落語は「話す」芸といわれており、登場人物を演じ分けつつ、生き生きとした会話や身振り手振りで物語を進め、最後にオチがあるのが特徴です。同じく話芸には「講談」があるのですが、こちらは「読む」芸。もとになる物語があり、釈台(しゃくだい)と呼ばれる小さな机の前に座り、張扇(はりおうぎ)で叩いて調子を取りつつ、観客に読み聞かせるものです。講談が全盛期を迎えたのは明治時代のことで、その後、娯楽の多様化もあって勢いを落としていきますが、近年は100年にひとりの逸材とも称される六代目神田伯山さんの登場により、講談に注目が集まっています。そんな中、講談の世界を描く『ひらばのひと』が登場。昨年夏からモーニング・ツーで連載が始まっています。しかも講談監修は六代目神田伯山さん!

『ひらばのひと』(1) (モーニング KC)

初っ端から手前味噌ではありますが、「講談社」という社名の由来は、その名の通り「講談」から来ています。時は明治末期、弁論雑誌を出版していた「大日本雄弁会」が、当時の講談人気にあやかって雑誌「講談倶楽部」を創刊。その雑誌が大いに売れたことから社名も「講談社」になったのです。講談とゆかりの深い講談社から、講談を描くマンガ『ひらばのひと』が世に出ることに、ご縁を感じずにはいられません。

 

今でこそ、六代目神田伯山さんの活躍によって講談が注目されていますが、落語との認知度の差は大きく、講談師は絶滅危惧“職”とまで言われるほど。本作は、現在二ツ目で目下修行中の女性講談師・龍田泉花(34)を中心に、弟弟子で前座2年目の龍田泉太郎(24)をはじめとした龍田錦泉一門の面々や、講談をとりまく環境を巧みに描き出した物語です。

講談の世界では、師匠に弟子入りするところからはじまります。前座は雑用やら講談のお稽古やらで多忙な毎日。泉太郎も師匠の釈台を運ぶ時に職務質問に遭ったりしながらも、日々もくもくとこなしています。かつて講談は男性講談師が大半を占めていましたが、昭和40年代に講談師自体の数が減少。そんな中、女性の入門者が増え、いまでは女性講談師のほうが多い状況にあるそうです。泉花と泉太郎が属する龍田錦泉一門でも、女性講談師は泉花を合わせて4人。なので、若い男性の泉太郎は常連客からも大切に見守られる存在でした。「女の講釈師は生命力強いから!」「男の講釈師は上野のパンダ並みに繁殖難しいから!」という常連客のセリフからも、男性講談師の貴重さと、期待の高さが伺えます。

 

講談の面白さに惹かれて会社員を辞めてこの世界に飛び込んだ泉花。姉弟子が多くて修行しやすい環境なのかと思いきや、前座時代には「女の声はキンキンして聴き辛い」「芸が白粉くさい」「彼氏いるの?」などと、芸とは関係ない言葉を投げつけられ、それを耐えつつ修行に励んできました。それだけに、若い男だからと師匠や客に期待され、当の本人は泰然としている泉太郎に複雑な感情を抱いていました。

 

一方の泉太郎もまた、葛藤を抱えていました。戦後唯一残っていたものの、火事で消失して閉場してしまった講談の定席「音羽亭」の存在を知り、ここの高座に何度ものぼっていた師匠や姉弟子たちと違い、講談が賑わっていた時代に間に合わなかった自分が講談をやるべきなのか、と。

 

泉太郎の心の迷いのその先は、試し読みでぜひ確かめてみていただくとして、本作では現代の講談の世界が丁寧に描かれていて、講談という古典芸能に惹かれて奮闘する登場人物の姿に心打たれると同時に、講談の入門書としてもとても優れています。釈台を叩く張扇は講談師の手作りということや、寄席での前座講談師の持ち時間は10分もなく、演目の途中で「ここからが面白くなりますが、お時間が参りました!」と切り上げざるを得ないことなど、新しく知ることも多くて楽しめます。

本作では、一話ごとに講談のさまざまな演目が登場します。第一話に登場する「鋳掛松(いかけまつ)」は、泉太郎が入門を決めた思い出の演目。「鋳掛屋(穴の開いた鍋や釜、鋳物の修理人)」として真面目に働く松五郎が、貧しい枝豆売りの母子と、舟遊びに興じるお大尽(金持ちで派手に遊ぶ客)を見比べるうちに、「こいつぁ宗旨を替えざぁなるめぇ」と盗賊になることを決意するというあらすじ。こうした講談の演目の数々が、ストーリーと巧みにリンクしていてぐっと惹き込まれます。また、マンガは音が出ないメディアではありますが、講談師の表情や、張扇を叩き鳴らすしぐさが生き生きと描かれており、語りのリズムや張りのある声が頭の中で再生されるかのような臨場感があります。

 

作品名の「ひらばのひと」の「ひらば」とは「修羅場」のこと。軍記物の勇壮な場面を、張扇を使いながら尻上がりに読んでいく様子を指します。本作も、一話一話に「ひらば」があり、そしていい感じのところで「ここからが面白くなりますが、本日はこれにて!」と余韻を残してすっと幕を閉じます。噺にオチがある落語と違って、講談には「連続物」という長編の演目がたくさんあるのですが、まさに本作も「連続物」のような演目で、泉花や泉太郎の成長に期待が高まります。いろんな感情が揺さぶられ、心に染み入る本当に魅力的な作品です!!
 

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『ひらばのひと』
久世番子 講談監修・神田伯山 講談社

史上初!? 本格「講談師」漫画!
歴史ロマン&爆笑エッセイ漫画の名手が、風雲児・六代目神田伯山の助太刀を得て描く、新たな伝統芸能ストーリー。
絶滅危惧“職”とも言われる講談師、姉弟子・泉花(せんか)と弟弟子・泉太郎(せんたろう)の未来は視界不明瞭。でも講談の魅力と、師匠をはじめ人間臭い周囲の人々に支えられ、ダンジョンだらけの「芸の道」を進んでいく……!
近ごろ話題の「講談」ってどんな芸能? 落語と何が違う? どういう演目があるの?……などを知りたい方も一読瞭然!!