苔庭には日本人の自然観が詰まっている
南禅寺を出たあとは北に進み、法然院へ向かう。南禅寺から500メートルほど歩くと熊野若王子神社前から始まる哲学の道の南端に出る。この水路沿いの道を歩くと法然院にも銀閣寺にもたどり着くことができる。沿道は自然も豊かで〝コケ散策路〞としてぶらぶら歩くのもおすすめ。でも、もし時間に余裕がない時は、南禅寺周辺からバスやタクシーで次の寺に移動するのも可能だ。
法然院は浄土宗の開祖・法然上人が鎌倉時代にこの地に開いた草庵をルーツとする寺院だ。境内は東山の一つである善気山と地続きで、うっそうとした山の中の寺という雰囲気。苔生した茅葺き屋根の山門の先にある苔庭は、善気山に生えているさまざまなコケの胞子が飛んできてできあがったものという。ちなみに、境内の一番奥にある方丈庭園は毎年春と秋に期間限定で公開されるそうだが、まだ一度も入ったことはない。それよりも山門に入る手前の参道がすでにコケでいっぱいで、毎回足が止まってしまう私のお気に入りのコケスポットだ。
さて、また哲学の道に戻って500メートルほど北に進むと、いよいよ〝苔庭はしご〞のフィナーレ、世界遺産にも登録されている銀閣寺(慈照寺)に到着だ。京都きっての名刹だけあって、この日一番の参拝者の多さ。寺は室町幕府第八代将軍・足利義政が1482年に造営した山荘が起源で、義政の没後に臨済宗の寺院となった。庭園は義政が西芳寺を模して造ったものといわれ、上段は石組、下段は池泉回遊式庭園の二段式になっている。山麓の斜面をいかした庭は一面が苔生して壮観な眺め。起伏によって日なたと日陰のバランスが変わるためか、よく見るとさまざまなコケが生えていてパッチワークのようだ。
京都の名高い寺の苔庭を訪れて、いつも静かに感激するのは、美しく整った庭にはあまり歓迎されないゼニゴケやジャゴケなどの葉状体の苔類や、名前もよく知られていない多くの小さなコケさえも、決して邪魔者扱いせずに庭の一員として生かしていることだ。そのコケの多様性が、そのまま境内の動植物の多様性にも繋がっていると感じる。
京都は三方を山で囲まれているため苔庭も山裾に位置しているものが多い。雑多なコケを取り除かないのは、もしかしたら雨などで流れやすい庭の表土を大小さまざまなコケたちが覆うことでくい止められるからなのかもしれない。
しかし、そういった知恵も代々庭を守ってきた人々が安易に自然を区別せず、仕切らず、庭の自然が自然のままであることに逆らわないで受け入れてきたからこその賜物だろう。苔庭には日本人の自然観が詰まっている。それを感じたくて、私は折に触れて京都に足が向いてしまうのだ。
『コケ見っけ!日本全国もふもふコケめぐり』
藤井久子:著 家の光協会
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構成/露木桃子
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