言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
 
そこにはきっと、彼女たちの「守りたいもの」がかくれているのだ。
 
これは、それぞれが抱いてきた秘密と、その解放の物語。

これまでの話
ひそかに妹と姪を養っている大黒柱の瑤子シングルマザーの有希没イチで夫を忘れられない弘美の物語を紹介した。
そして今回は、世界で「二番目」に好きな人と結婚した蓮人の物語。大恋愛の末、結ばれなかった佐奈との想い出を封印し、のちに出会った絵里子と結婚。不妊治療を提案する絵里子に対し、蓮人はある秘密を抱えていて……?
 


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第12話 商社マン・蓮人(38)の話【中編】

 

―― 不妊治療か。絵里子が希望するなら、検査は行かないとな……。

僕は神楽坂近くの夜のお堀端をゆっくり歩きながら、絵里子との会話を思い出していた。

金曜日の夜、客先から直帰できることになり、大学時代によく歩いた道をぶらぶらしながら駅に向かう。

結婚して3年、絵里子が39歳であることを考えれば、彼女の希望はもっともだ。

しかし、僕が原因の可能性は、彼女が思うほどに高くはない。なぜならば……。

ふと、前方からこちらに向かって歩いてくるベージュのコートの女性に気が付いた。

僕の無意識の癖。「それらしい」女性を見ると少しばかり体を固くしてしまう。こっぴどくフラれ、それでもこの広くて狭い東京で生きていく以上、いつかはばったりと「彼女」に会ってしまうんじゃないかと思っていたから。

いち早く気づいたとして、逃げ出したいのか、挨拶したいのか、それは分からなかったけれど。

とにかく僕は佐奈と似たような長い髪のほっそりした女の人を見ると、つい顔を見てしまう、こんな風に……。

「蓮人?」

別れた29歳の頃と変わらない佐奈が、そこにいた。