「嘘は絶対についてはいけない」とは限らない


りっかさん、こんにちは。お悩みをご相談くださりありがとうございます。「不必要な嘘」ばかりついてしまうご自分のことを、大嫌いだとおっしゃるりっかさん。「嘘は絶対につくべきではない!」とご自身を責めていらっしゃる様子が、ひしひしと伝わってきました。

まずは肩の力を抜いて、「嘘は絶対についてはいけないものなのか?」というところから一緒に考えてみませんか。

以前「嘘」に関する本で学んだのですが、実は子どもの成長過程において、「嘘をつく」ことはごくごく自然なことで、表現力や想像力が培われている証しなのだそうです。子どもの頃に小さな嘘をつき、上手くいって「しめしめ」と思うこともあれば、罪悪感に苛まれたり、家族に怒られたりして「やっぱり嘘はいけないんだ」と気づくこともある。そうした「嘘」にまつわる脳の働きが、子どもの成長にも影響を与えるというのです。私たちにとって「嘘をつくこと」は、ほとんどの人が通る道というわけですね。

 

「100万回行ったわ」と答える関西人は嘘つき?


怒られて嘘をやめる子、自分を誤魔化すために適度な嘘が使える子、嘘との付き合い方は様々ですが、いずれにしても嘘とわからないほどの「小さな嘘」がほとんどでしょう。りっかさんの場合もそれと似ていて、これまでついてきた嘘は、周囲との和を保つための「小さな嘘」だと感じます。

大阪育ちの私も含め、関西人って些細なことでも誇張して、面白おかしく話したりしますよね? 「あの店、何回行った?」と聞かれたら、本当は5回しか行ったことがなくても「100万回行ったわ」と返したり(笑)。そう答えた方が会話が面白くなるから言っているだけで、いわゆる「サービス精神」からくる「小さな嘘」なわけです。

嘘を「ゼロ」にしようとすることが正解ではない


世の中には、人間関係を円滑にするための「気遣いの嘘」もありますね。気が乗らないパーティーに「気が乗らないので行きません」と本音を言えば角が立つし、相手を怒らせたり、悲しませてしまうかもしれない。そんな時は、「ちょっと仕事が立て込んでいるので、残念ですが今回は遠慮させていただきます」とお断りすれば、無用な波風を立てずに済むでしょう。

そう考えると、嘘を完全に「ゼロ」にしようとすることが、絶対に正解ではないと思いませんか? 「もう絶対に嘘はつかない!」と必要以上に自分を責め立てるのではなく、りっかさんにとって大切なのは、自分がついている嘘の「アウト」と「セーフ」を見極めることだと思います。