フリーアナウンサー馬場典子が気持ちが伝わる、きっともっと言葉が好きになる“言葉づかい”のヒントをお届けします。

 

母校では、「Good morning everyone !」「Good morning Mrs.○○」という挨拶から英語の授業が始まりました。
その流れで、授業以外でも「○○先生」ではなくなぜか「Miss ○○」とあだ名のように呼んでいた先生が1人いらしたのですが、先日、同級生のグループLINEでその呼び名のまま会話に出てきて、懐かしく思い出されました。

 

そこでふと、男性は「Mr.」のみなのに、女性は未婚か既婚かで呼び方が変わることに、今さらながら気づきました。例えば、未婚か既婚か分からない時の呼称「Ms」(ミズ)などにしても良さそうなのに……。そんな疑問をみんなに投げかけました。

すると、ある友人の仮説が、なかなか衝撃でした。
女性は結婚すると財産権(所有権)を失うけど、未婚女性は財産権を持っている。だから呼称の違いは、財産権と関係あるかもしれない、と。各国の夫婦財産制についての論文もあるそうで、女性の財産権と結婚は密接なつながりがあったようです。

では、日本はどうだったかというと、中世までは夫婦別姓で女性にも財産相続権があった、というのが今の通説で、源頼朝の妻・北条政子や足利義政の正室・日野富子など、結婚後も源姓や足利姓で呼ばれていない。

日本の民法で夫婦同姓が定められて、既婚女性の財産権がなくなったのは明治時代のこと。明治以降の女性医師は、自分で稼いだお金を自分の意思で使えない、と怒っていたとか。
それ以前は、武士以外は名字がなかったので、そもそも同姓か別姓かは問題にならなかった。
そしてこのいわゆる明治民法は、ドイツやフランスなどヨーロッパ諸国の大陸法に倣って作られたもので、日本の夫婦同姓と女性の財産権とMrs.Miss問題が繋がってくる、とも。

明治時代より前までは、日本はある意味欧米より進んでいたのか、そもそもそういう概念がなかっただけなのか、はたまた「家」が大事だから女性側の姓も無碍にできなかったのか……。
いずれにせよ、夫婦同姓は120年あまりしか歴史がない「制度」、ということは明らかです。

2015年、Oxford辞書に「自分が男性でも女性でもないというアイデンティティを持つ人や、自分のジェンダーを明確に特定したくない人が、名字やフルネームを言う前に使う呼称」として、「Mx」(ミクス、またはムクス)という言葉が新しく登録されています。
宇多田ヒカルさんが昨年、ノンバイナリーと公表された際、この呼称を使っていましたね。
今は呼称の欄だけでなく、性別の欄も、「M」「F」のほかに「X」を入れるところが増えているそうです。

フランス在住の友人は、「(昨年10月)フランス語辞典で知られる出版会社ロベールが、オンライン辞書に男性でも女性でもない三人称代名詞『iel』を追加した」という記事を送ってくれましたが、フランスでは言語学者や政治家を巻き込んだ論争が起きているとのことで、アメリカのMx.ほどの市民権はまだ得られていないようです。

ちょうど1週間前の3月8日は国際女性デーでした。既婚女性の財産権が失われる明治民法制定から10年も経っていない1904年、ニューヨークでの婦人参政権を求めたデモを起源として、1975年に国連で定められてから間もなく半世紀。性別でくくらず、ことさら取り上げなくても良くなる日への道は、まだ続きます。

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