妊婦が感じた、一抹の寂しさ
カフェに移動し、その後も具体的なエピソードやアドバイスに耳を傾けるなかで、漠然と怯えていた出産も「恐るるに足らず」と闘志が湧いてきた。やはり実際にフランスで出産している先輩ママの言葉には説得力がある。
景気付けにアイス三種盛りも平らげ、ベビー服と共に意気揚々と帰宅すると「おいしいもの食べてきたって顔だね」とリュカに図星をつかれてしまった。
「赤ちゃんの服ってなんでこんなにかわいいんだろ」
「ちっちゃいからじゃない?」
リュカがあまりにうっとりした声を出すので、ぶっきらぼうに答えてみる。とはいえ、もらってきた赤ちゃん用パジャマやロンパースをひとつずつ広げていくたび、私の胸の内にもじわっとあたたかなものが灯った。
「もうすぐ夏のソルドが始まるから、赤ちゃんに必要なものはある程度買っておかない?」
フランスで夏と冬、年二回行われる大型セール「Soldes(ソルド)」。日程も期間も国が決め、ソルド用に作った安い商品をあたかも大幅値引きしたかのように売る手口は禁止など法律もある。この時期に街を歩けば衣料品から家電まで種々様々な店で大々的に値引きを謳っており、人々もどこか活気を帯びて、ある種お祭りのようなムードだ。
「そうだね。せっかくだからランチもして、久しぶりに映画館の大きなスクリーンでブロックバスターでも観ようよ」
基本的に二人で映画を観るときは、日本映画+フランス語字幕かその反対の組み合わせを選ぶのだが、ハリウッドの大型アクション映画だけは言葉がわからなくても雰囲気でなんとなく楽しめる。なによりド派手な爆発やカーチェイス、戦闘シーンなどがスカッとするので気が向くと二人でシネコンに出かけていた。
――もうすぐリュカと二人だけの気楽な生活も終わりなんだな。
ベビーベッド、哺乳瓶、抱っこ紐……必要な買い物をリストアップしていくと胸が高鳴る一方、全て納得していても、一抹の寂しさが胸に差し込んでくるのだった。
外出中、「今すぐ帰ろう!」と夫が青ざめた理由とは......
<新刊紹介>
『燃える息』
パリュスあや子 ¥1705(税込)
彼は私を、彼女は僕を、止められないーー
傾き続ける世界で、必死に立っている。
なにかに依存するのは、生きている証だ。
――中江有里(女優・作家)
依存しているのか、依存させられているのか。
彼、彼女らは、明日の私たちかもしれない。
――三宅香帆(書評家)
現代人の約七割が、依存症!?
盗り続けてしまう人、刺激臭が癖になる人、運動せずにはいられない人、鏡をよく見る人、緊張すると掻いてしまう人、スマホを手放せない人ーー抜けられない、やめられない。
人間の衝動を描いた新感覚の六篇。小説現代長編新人賞受賞後第一作!
撮影・文/パリュスあや子
構成/山本理沙
第1回「「男性不妊」が判明した、フランス人の年下夫。妻が憤慨した理由とは」>>
第2回「「赤ちゃんがダウン症ってわかったらどうする?」フランス人の年下夫の回答」>>
第3回「フランスと日本の「妊婦事情」のちがい。ダウン症検査への母の思いは...」>>
第4回「フランス人助産師の衝撃のアドバイス。日本人妊婦の不安とは? 」>>
第5回「「もう私を女として見られなくなった?」性欲に蓋をされた妊婦の、羞恥と怒り」>>
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