言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
これは人生のささやかな秘密の、オムニバス・ストーリー。
義母の面子と、プライドと
旅館に電話してから1時間後、涼子は箱根湯本行きの電車に乗っていた。
義母の早苗がひとりで件の温泉宿に行ったのではないか、という涼子の勘は当たっていた。
旅館に、義母のお誕生日旅行に行けなくなってしまったので夕食にシャンパンかケーキを出してもらえないかと頼む電話をした。本当に泊っているかどうか確証はなかったから、カマをかけた、ということになるのだろう。
旅館側も、「三世代旅行ときいていたのに人数を変更して1人でやってきた高齢女性」として気に留めていたようで、二つ返事で、涼子の申し出をOKしてくれた。しかし精算は部屋代と同様に本人に請求することになると聞いたとき、涼子は反射的に「今からお支払いにいくので大丈夫です」と答えていた。
突発的な行動だったので、とりあえず家族4人のLINEに一言、「お夕飯はUberでお願い」と送った。晃司たちにLINEで詳細を明かさなかったのは、義母のメンツをつぶしたくなかったから。
長年連れ添った夫が、不倫旅行中に温泉宿から搬送されたことと、今回の少々強引ともいえる「誕生日旅行演出」は、おそらく無関係じゃない。でもそのことを息子や孫に知られるのは……絶対に良くない。
血がつながってない嫁だからこそうまくやれることもあるというものだ。
――ちょっとママ、どうしたの!? 今さら家出?
――俺は接待ゴルフで夕飯はいらないけどさ、なんかあった!?
普段、夕飯づくりは欠かしたことのない涼子の突然のUber宣言に、立て続けに反応がある。涼子は、OKスタンプでごまかすと、スマホをバッグに入れ、箱根までの束の間、目を閉じた。
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