意外な誕生日プレゼント


「お義母さん、ひどいじゃないですか、なんでもかんでも既読スルーして。埒があかないから来ちゃいました。……お誕生日おめでとうございます」

旅館の中庭で、浴衣姿で足湯に浸かっている早苗は、たっぷり5秒ほども涼子の顔を見つめて唖然としている。

「り、涼子さん!? どうしたの……晃司たちは? え? 1人?」

不意打ちで、取り繕うこともできないのか、周囲をぐるぐると見回したあと、おろおろと手を頬にあてる。

「ごめんなさい、私、みんなの予約はキャンセルしちゃったのよ。1人でいいやって思って……返信もしなくて、ごめんなさいね」

いろいろすっ飛ばして、ひたすら涼子に無駄足を踏ませてしまったのではないかと案じる早苗は、普段のシュウトメゼンとした様子よりもずっと素直だった。きっと、本来はこういう性格なのだ。周囲に気を遣って、自分のことは二の次で。長い間、こうやって「妻で母」をやって来たにちがいない。

「お義母さん、そんなことより……」

涼子はごそごそと紙袋をあけ、品川駅で用意したブーケを差し出した。

「お誕生日おめでとうございます! 旅先に生花、なんてじゃまかな? と思ったんですけど、お誕生日だし、ぱあっと華やかに。人生、たまには後先考えずに、ね」

「まあ……こんなに素敵なお花……ありがとう。こんなのあの人にも貰ったことないわ」

 

早苗は、色とりどりの花に鼻先をうずめて、しばらく目を閉じていた。まぶたが微かに震えている。

早苗が求めていたのは、きっととてもささやかなことだったのだ。

家族の間で交わされる、小さな約束。ちょっとしたわがまま。それを笑って叶えあう関係。

 

そんな早苗の祈りを壊した「浮気夫」に、涼子は今さらながらふつふつと怒りが湧いてくるのを感じていた。

「もしかして、歩美に聞いた? あの人の浮気騒動」

足湯に浸かって山際に沈む夕日を並んで見ていると、早苗がポツンとつぶやいた。