とんでもないプレッシャーも、挑戦も、存分に楽しんで


 私も、自分が楽しそう・面白そうと思えるかどうかで、いろんなことを決めちゃってるかもしれません。もちろんそれで失敗することもあるんだけど、いいんですよ。だって自分が納得して選んだことなんだから。『奇跡』のなかで、博子さんのお父さんが「博子、人生ははかないよ。悔いのないように生きなさい」と言う場面があるでしょう。本当にいい言葉だなあと思いますね。もうね、最近、嘘みたいにあっという間に時が経っているから、びっくりしてしまうんですよ。人生って、年々、時が加速していくんだってことを私は50歳をすぎてから知りました。そこで悲観的になるか、短いからこそ好きなことをやろうと奮い立てるかで、生き方も変わってくると思います。

 

大草 私、今年で50歳になるんですよ。林さんは40台後半から50代前半までがとてもお忙しかったってエッセイに書かれていましたけど、そのタイミングでお仕事のエンジンもかかったんですか?

 かかりましたね。44歳という当時にしては超超高齢出産をしましたしね。仕事するかたわら、幼稚園でママ友と一緒にバザーに向けて一生懸命フェルトを縫ったりしてました。私、いいかげんな性格をしてるから、20個つくったはずなのになんでか18個しかない、みたいなこともしょっちゅうで。いったいどうしてこんな向いてないことを、なんて思ったりもしたけれど(笑)、そういうときに思い出したのが、雅子さまがご結婚されるときに曾野綾子さんが送った「どうか運命をお楽しみください」という言葉。子供を産んでいなければ知ることのなかった扉が今開いているのだとしたら、それを思う存分楽しもう、そうしてまた違う世界の扉をどんどん開けていこう、と思えたんですよね。そうして今も、昨日より今日、今日より明日と、挑戦を続けているような気がする。

 


大草 今はまた、日大の理事長に就任されるという、大きな扉が開きましたよね。

 とんでもないプレッシャーですよ。我ながら重荷が過ぎる気がするんだけど、友人から「こんな機会はそうそう訪れないんだから、どうぞ存分に楽しんで」と言われて、ああそうか、やっぱり楽しむのがいちばん大事か、なんて思ったりもしました。たぶんね、博子さんにも、小説では書けないほどつらくて苦しいこともたくさんあったと思うんですよ。でもそれは、他人が決して味わうことのできない、濃密で甘やかな苦しみだったと思うんですよね。だからこそ、嫉妬もされる。いろいろ言ってくる人も、いる。だけどそれも含めて運命なんだと受け止め、博子さんは自分の人生を楽しんでいるんじゃないかなと思います。

対談の後編は、お二人が長く仕事を続けていく上で心がけてきたこと、インプットの源、家族の在り方などをお互いに掘り下げていきます。

 

林 真理子
1954年山梨県生まれ。日本大学芸術学部卒。’82年エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が大ベストセラーに。’86年「最終便に間に合えば/京都まで」で第94回直木賞を受賞。’95年『白蓮れんれん』で第8回柴田錬三郎賞、’98年『みんなの秘密』で第32回吉川英治文学賞、2013年『アスクレピオスの愛人』で第20回島清恋愛文学賞、’20年第68回菊池寛賞を受賞。‘18年には紫綬褒章を受章した。小説のみならず、「週刊文春」や「an・an」の長期連載エッセイでも変わらぬ人気を誇っている。

 

大草直子
1972年生まれ 東京都出身。大学卒業後、現・ハースト婦人画報社へ入社。雑誌の編集に携わった後、独立しファッション誌、新聞、カタログを中心にスタイリングをこなすかたわら、イベント出演や執筆業にも精力的に取り組む。WEBメディア「AMARC」を主宰。AMARC magazineの編集長兼発行人。インスタグラム@naokookusaも人気。

『奇跡』
林真理子(講談社)¥1780

男は世界的な写真家、女は梨園の妻ーー
「真実を語ることは、これまでずっと封印してきました」

生前、桂一は博子に何度も言ったという。
「僕たちは出会ってしまったんだ」
出会ってしまったが、博子は梨園の妻で、母親だった。
「不倫」という言葉を寄せつけないほど正しく高潔な二人ーー。
これはまさしく「奇跡」なのである。
私は、博子から託された”奇跡の物語”をこれから綴っていこうと思う。

数々の恋愛小説を手掛けた林真理子が、一生に一度、描かずにはいられなかった特別な愛の物語。

38年ぶりの書き下ろし!


撮影/目黒智子
ヘア&メイク/赤松絵利(林さん)、KIKKU(大草さん)
取材・文/立花もも
構成/川端里恵