人間、生きていると他者との交流は避けられないし、誰かと恋愛することだってある。そうなると、そこにいろんな摩擦が生じて、容赦なく傷つけられることにもなります(自分から傷つきに行っちゃうこともあるし)。辛い出来事もいつかは糧になると言い聞かせたとしても、避けられるものなら痛い思いはしたくない。モヤモヤすることがあっても、いい大人なんだし、その場の雰囲気を乱さず、良好な人間関係を保つべきと考えたら、そのままストレートにぶつけるわけにはいきません。アフタヌーン編集部発のWebマンガサイト「&Sofa」のオリジナル作品『わたしたちは無痛恋愛がしたい ~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~』の主人公・星置(ほしおき)みなみは、SNSの“鍵垢”で本音を吐き出す23歳の女性。そこには、あらゆるモヤモヤを抱えて生きる女性の本音が連なっていたのです。
“星屑”男に振り回され、それでも諦めきれなくて……。
主人公の星置みなみは23歳の会社員。彼氏を作るべく、気乗りしない合コンに参加しますが、淡い期待も10分で消滅。給料が安いので基本自炊なだけなのに、同席した男性に「料理好き」と都合よく変換され、下手に返すと「面倒な女」扱いされるのが明らかだったので、さっさとトイレに逃げ込みます。その間、自分が感じたことを、息をするように鍵垢に連続ツイートしています。フォロワーは4人で、レスをくれてよく会うのは大学時代の友人・栗山由仁(ゆに)のみ。そんな状態のアカウントになぜ頻繁にツイートしているのか? それは、「思ったことは吐き出したいけど 知らん人にジャッジされたくないから」。
超絶つまらない合コンからの脱出に成功したみなみは由仁と合流。トイレで鍵垢に連投しているみなみを哀れんで、飲みに付き合ってくれるところからも、由仁がいい友人であることがわかります。なぜ、みなみが気乗りしない合コンに行っていたかというと、彼氏を作るためではあるのですが、実は1年ほど恵比島千歳(えびしま・ちとせ)という男性にかまけていました。彼は美人の本命彼女の他に、みなみを含む何人かの女性とも付き合っているというクズ男。そんな男からはとっとと距離を置けば? と思うものの、みなみにとって千歳は、クズはクズでもきれいなクズ=“星屑”。顔がよくて、コミュ力が高くて、実家が太いこともあり、彼女になることを諦めきれずにいるのです。
穏やかで友達のような「無痛恋愛」がしたい!
基本的に、千歳から連絡が来るのを待つしかなく、みなみが会いたいと思っても会えません。恋愛なんて不要と思っている由仁からすれば、みなみがそんなしんどい恋愛に執着していることが理解できません。そんな由仁はみなみに、「無痛恋愛」がしたいってことだな、と言います。『21世紀の恋愛』というスウェーデンの漫画家の作品に出てくる言葉で、「痛みを伴わない恋愛」のこと。
みなみにとっての「無痛恋愛」は、今みたいに待ちが基本の辛い恋愛ではなく、友達のように穏やかでいて、異性としての関係もある。ドキドキはしないけど、ほどほどに好き。「無痛恋愛」への妄想を膨らましているところに、千歳から連絡が来て、店に合流することに(みなみは由仁に意思確認せず、とっととOKと返事。恋は盲目というか何というか……)。
千歳は由仁にとっても大学時代の同級生ですが、みなみフィルターを通せばキラキラと星のように輝く千歳は、由仁からすれば単なるクズに過ぎません。千歳の合流早々、クズっぷりを連発しますが、みなみにはそのことに全く気づかないどころか、千歳に浮かれっぱなし。挙げ句、由仁のことはそこそこに千歳と一緒にみなみのアパートに向かう始末。
終電が近づくと、「充電もないし」といちいち理由をつけてみなみのアパートに上がり、寝落ちのフリをしてそのまま泊まり、やることはしっかりやって朝になると千歳の姿はそこになく、というところまでがお決まりのパターンです。わかっちゃいるのに、やめられない。
巨大魚を抱えるような謎ポーズのおじさんは何者!?
そんなみなみは翌朝、出勤中に「わざぶつ」(駅や繁華街などであえて女性だけを狙い、わざと強くぶつかってくる男性のこと)に遭遇します。強打してしりもちをついたのに、行き交う人は誰も立ち止まらない。男を捕まえたくても、もうとうに姿を消している。みじめで恥ずかしくて消えてなくなりたいと思った時、とあるおじさんが「大丈夫ですか?」と声をかけてくれました。彼は巨大魚を抱きかかえるような謎ポーズでかがんでいましたが、肩を貸してくれ、みなみはようやく立ち上がることができました。
仕事が終わった後、ファミレスで由仁と会う約束をして、昨晩の自分勝手な行動を詫びるみなみ。その謝罪を受け入れてくれた由仁に、朝、「わざぶつ」に遭遇し、巨大魚を抱えるようなポーズのおじさんの話をします。わざとぶつかってくる人がいれば、みなみが倒れても見向きもしない人もいる。そんな中、そのおじさんは声をかけてくれたわけですが、なぜあのポーズだったのかが疑問です。自分が力の強い側である男性と自覚した上で、みなみに近寄りつつも「自分からは触れません」という姿勢を明確にするためにあの謎ポーズを取ったのではないか? それって「フェミおじさん」? などとあれこれ考察する二人。
考え方も価値観も恋愛観も異なるけど、お互い言いたいことが言えて、笑い合える関係性のみなみと由仁。物語は、みなみがSNSのアカウントに鍵をかけるようになった理由や、「フェミおじさん」との偶然の再会、みなみのことを都合のいい女の一人としか思っていない千歳の心の内などが、少しずつ明らかになっていきます。
『ハッピー・マニア』、『東京タラレバ娘』に続く、令和の恋愛サバイブコメディ爆誕!
もう一話一話のセリフが濃くて、深くて、切れ味抜群! 恋愛コメディ的に楽しく読める一方で、女性の生きづらさ、恋愛感情に振り回される大変さ、人に承認してもらいたいけど、傷つきたくはないジレンマなどさまざまな要素が絡み合い、いろいろと考えさせられます。モヤモヤしたものを抱えるみなみにとって、「フェミおじさん」はまるでファンタジー世界の妖精のような存在(本当にこんな男性、リアルにもいるんだろうか? できればこういう男性がいる世の中が普通であってほしい)。いつしか、みなみも「フェミおじさん」のことが気になるようになります。でも、「フェミおじさん」にも、どうやら「フェミおじさん」に至るまでに何かがあったようです。
女の恋愛と生き様を描いた作品は過去にも多く存在しています。恋の暴走機関車・シゲタがどんなに痛い目に遭っても恋愛に邁進する『ハッピー・マニア』(安野モヨコ)、「タラレバばかり言ってたらこんな歳になってしまった」というアラサー女子3人の生きる道をリアルに描いた『東京タラレバ娘』(東村アキコ)が、何年も読みつがれているレジェンド作品となっていますが、まさにこの『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』(瀧波ユカリ)も、令和を生き抜く女の物語として、のちに読みつがれる名作になる予感がします(先生の下の名前が全員カタカナという共通点もあり)。
各話パンチの効いたストーリーなのですが、10話では、私が思わず「ひっ」と声を上げてしまったホラー的衝撃展開も待ち受けています。主要登場人物のみなみたちは20代の女性ですが、「フェミおじさん」や、由仁の女性上司など、さまざまな立場や年齢層の人たちも登場し、それぞれの大変さも浮き彫りになります。というわけで、性別や世代を問わず、ぜひ多くの人に読んでもらいたい作品です。
『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』
瀧波ユカリ 講談社
顔のいいクズ=星屑男子に雑に扱われたり、街中で見知らぬ人にわざとぶつかられたり、「女」の役割を押し付けられたり……この世界ってなんなの? と思いながらも、鍵垢でしか本音を吐露できない主人公・みなみ。苦しくない=無痛の人間関係を築きたいと考えるみなみは、ひとりの年上男性に出会う。彼は、“フェミおじさん”だった――! 「わたしたちは無痛恋愛がしたい」は、&Sofa(アンドソファ)で連載中!
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