「自分が自然に、楽にできることが才能」とよく言いますが、本人からすると当たり前すぎて気づけないパターンが多いようです。「あなたにはこんな才能がある」と教えてくれる誰かの存在って重要なのかも。8月23日に1巻が発売された『ルート ~雪の王国 目覚める星たち~』は語学の才能を見出された女性が、国の運営に関わってゆくストーリーです。
舞台は架空の国・ノルン王国。長く治めた王の崩御後、王妃が権力を保持すべく王子への戴冠式を延期し続け、国王の座が空いたままになっている国です。
主人公の一人、ルート・カッセルは城の書庫で雑用係として働く女性。毎日山から降りて出勤しています。ある日、彼女は北の国の行商団が売りに来た歴史書に心ときめかします。ですが、行商の男たちは「女だから文字が読めないだろう」と陰でバカにします。すると、
ルートは他国の言葉も使いこなせる才女だったのです。
ルートの兄、ラーシュ・カッセルは村の橋造りを手伝っています。彼の本当の姿は、最年少の国民議員という立派な身分。ケガ人が出た土木現場に出向き、職人たちの労働環境を見に来ているのです。
国民のことを第一に考え、予算の足りない工事で起きた事故は自分の責任だという彼。陰ながら村人たちに尊敬され「あの人が次の王様になってくれたらいいのに」と期待されているのでした。
一方、本来ならば国王になるはずの王子・エミルは、城から一歩も出たことがありません。「ママ(王妃)の言いなり」「気弱そう」と民から散々な言われよう。城の中でも王妃にこんな扱いをされています。
議会では王妃が王の座に着き、エミルは端の席に座ります。そこはラーシュの座る議員席よりも暗く見える。エミルとラーシュ、二人の立場の差がはっきりわかるシーンです。
さて、ルートは書庫での仕事中、ある男性に話を持ちかけられます。「仕事を増やす気はありませんか?」これ以上の雑用なら断る、と言うと、
「もっと⋯⋯あなたに向いている仕事です」
彼は、ルートが北の国の言葉で行商に交渉するところを見ていたのです。この新しい仕事とは? エミル王子に外国語を教える先生という役割でした。
王子はなぜ他の国の言葉を学びたいのか。ルートは、王子が過ごしてきた環境や、城では王妃にただ従っているように見えた彼の秘めた思いを知ります。
最初はこの依頼を、あることを理由に断ったルートでしたが、兄に内緒で引き受けることにします。
本作のテーマは「可能性」と「言語」。
ルートは自分の「可能性」について問われた時、そんなものあるの? と言いたげに目を見開きます。男である兄は議員になれたけれど、女の自分は書庫の雑用係にしかなれなかった事実が、彼女から奪ったもの。それは、自分の「可能性」について考えることでした。けれど、新しい仕事の誘いをきっかけに、彼女は自分だけでなく、他の女性たちの「可能性」についても考えはじめるのです。言葉さえわかれば書庫で働けるよ、と知り合いの女性たちにルートが伝えるシーンは、彼女の変化を表しています。
そして、「言語」とは何なのか。行商が自国の言語で相談するシーンや、王妃が王子のいる前で母国の言語を話すシーンなど、相手とのコミュニケーションを分断するものとして描かれています。けれど、ルートが王子に言葉を教えて二人が仲良くなったり、自国を守るため言語を習いたいという王子の願いといった、言語が人と人とをつなげたり、自分や大事な誰かを守るためのツールになる「可能性」を描いています。
最後に。架空の国が舞台でありながらも、外国語を話せない王子と、語学の才能があるのに雑用係に収まっていたルートなど、どうにも今の日本とリンクする部分がちらほらあるんです。外交時に英語が話せない高齢の男性政治家や、医学部入試の女子差別とか⋯⋯昨今のニュースがいろいろよぎり、ファンタジーと言い切るにはもったいない魅力ある作品なのです!
『ルート ~雪の王国 目覚める星たち~』
秦 和生 (著)
王の崩御から数年──異例の王位不在期間が続くノルン王国。城の書庫番・ルートは、持ち前の言語の才を活かすことなく、なんとなく冴えない日々を過ごしていた。そんなある日、突然、お飾りと噂の王子・エミルの外国語教師になってほしいという秘密裏な依頼が舞い込む。 「私、“王子”のために働くなんて、できませんから!」
構成/大槻由実子
編集/坂口彩
著者プロフィール
秦和生
漫画家。著作に『カイニスの金の鳥』(イースト・プレス)、『λ(ラムダ)の箱舟』(実業之日本社)、『美軍師張良』(芳文社)がある。
Twitterアカウント:@hatakazuki126