トム・クルーズさんが公表していることで知られる学習障害「ディスレクシア(Dyslexia)」についてどれくらい知っていますか。認定NPO法人 EDGEによると「知的に問題はなく、読解はできるものの読み書きの能力に著しい困難を持つ症状」とされています。まだまだ一般的には認知度が低く、具体的に想像しにくいこの症状を題材とした『君の名前をよんでみたい』。本作の1巻が12月15日に発売されました。

君の名前をよんでみたい(1)』 (ジュールコミックス)
 

「一人でも生きられそうだよね」と言われ、三年付き合った彼氏にふられたばかりの伊倉一葉は31歳で、芸能プロダクションのチーフマネージャーに昇進。怪我をした後輩の代わりに向かったドラマの現場で印象的な新人俳優・青に出会います。

 

この子は売れる。直感でそう思った一葉は声をかけますが、彼は喜ぶどころか「おばさん誰?」と超・塩対応。

 

彼の担当になった一葉はなんとかしてコミュニケーションを取ろうとしますが、人懐っこい生徒役という役柄とは正反対のそっけない態度の青に困惑してばかり。芝居はいいのに、時折妙なアドリブを入れたり、他の人の飲み物を飲んでしまったりなどと、何を考えているのかよくわからない彼。現場に遅刻して怒られた後でもイヤホンで何かを聞いていたので「もっと本気で仕事に向き合ってください」と一葉は言います。

 

「精神論でどうにかなると思ってるんだ おばさんは」と冷たく言い返されます。彼がこれまで芽が出なかった理由とは。そして、彼はいつもイヤホンで何かを聞いていました。それを知った時、一葉は彼がひそかに抱えていた苦悩を知るのです。

 

青は「発達性ディスレクシア(読み書き障害)」でした。ディスレクシアも人によって症状がさまざまな中、彼は字の読み書きが苦手なタイプです。台本が読めない彼はどうやってセリフを覚えていたのでしょうか。そして、なぜ俳優という職業を選んだのか。昔から演技することが好きだった青。その理由とは。

 

学校のテストでなかなか良い点数が取れず、なんで自分はこんなに頭が悪いのかと悩んでいた学生時代の彼。高校中退、仕事も続けられなかった彼は役者になることを一筋の希望として見出します。でもそこでも、台本読みができない。彼は「ふつう」ができない自分にいつも悔しさを感じていました。「ちゃんと読み書きができれば⋯⋯」

本作のテーマは、ディスレクシアの人が人生のどんな部分でつまづき、苦労するのかということ。認定NPO法人 EDGEのサイトにはこう書かれています。

"ディスレクシア(読み書きの困難)の人たちは EDGE(エッジが効いている、先端)を持っています。同時に対応を間違えるとEDGE(崖っぷち)に追いやられてしまいます。"
https://www.npo-edge.jpより引用

そして「スペックで勝手にレッテルを貼らないでほしい」という思いも描かれます。
ディスレクシアのことを公表したらいいのでは、と一葉がトム・クルーズの話を出した時、青は拒否感をあらわにします。

 

「青さんてばなんであんなに頑ななんだろう」とこの時は思った一葉でしたが、この後、「独身の女」で一括りにされる言葉で、いかに自分が無神経な言葉を言っていたのかに気付くのです。
「人それぞれに人生が⋯⋯選択があって 単純に比較なんてできないのに⋯⋯」

公表するのは正しい。けれどそれを本人が望んでいるのか。公表することで彼は傷つくのではないか。青はディスレクシアのことを周囲に知られなくないと言っていました。正しい・正しくないかではなく、マネージャーとして俳優を守るという判断を一葉はします。

青と一葉はそれぞれ「やる気がなさそう」「一人でも生きていけそう」と周囲から勝手に言われていました。「〜そう」「〜っぽい」というラベルを貼られて心が傷ついた経験は、きっと誰にでもあるはず。たとえ褒め言葉であっても⋯⋯。自分が傷ついたように相手も自分の言葉で傷ついたかもしれない、と思う想像力が、誰かを「崖っぷち」から救うのでしょう。

1巻の表紙をよく見ると、なるほどねと思う仕掛けがあります。あなたは気づきましたか? これがディスレクシアの人の世界なんです。

 

【漫画】『君の名前をよんでみたい』第1話を試し読み!
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『君の名前をよんでみたい』
飯田ヨネ (著) 認定NPO法人EDGE 会長 藤堂栄子 (監修)

芸能プロダクションのチーフマネージャー・伊倉一葉は、ケガをした部下の代わりに急遽ドラマの現場へ行くことに。そこで一葉は、初めて会った自社の新人俳優・青の圧倒的な存在感に衝撃を受ける。以後、期待をかけ続けるが、青からは一向にやる気が感じられない⋯⋯。そんな中、一葉は青の“秘密”を知ってしまう。

飯田ヨネ
2016年に『給食の時間です。』でデビュー。「コミックビーム」2021年3月号まで連載していた『今度会ったら××しようか』、少年画報社「ときめきごはん」で2019年4月から不定期掲載の『ごはん読み切りシリーズ』、『ケムリが目にしみる』などが代表作。現在、webアクション(双葉社)にて『君の名前をよんでみたい』を連載中。
Twitterアカウント:@misterYnoji


構成/大槻由実子
編集/坂口彩