今やすっかり市民権を得た“ハイボール”。ウイスキーをソーダで割ることで完成するその一杯は、居酒屋での定番飲料として若者からご年配の方まで広く愛されています。そんなハイボールをきっかけにウイスキーの魅力に目覚めたという人も多いのではないでしょうか。
今回ご紹介する『この一杯は天使の取り分』は、まさにウイスキーを嗜む方におすすめしたい……大変味わい深い一冊です。
それは“天使の取り分” ウイスキーにまつわる逸話
時に、ウイスキーにまつわるこんな逸話をご存知でしょうか。
蒸留した原酒を木製の樽につめ、長い年月をかけ熟成させることで完成するウイスキー。この熟成の最中に原酒の量が少しずつ減っていく……という不思議な現象が起きるのですが、昔のウイスキー職人たちは「天使がこっそり飲んでいるに違いない」と考え、これを“天使の取り分”と呼んできました。
その正体は、樽のすき間から少しずつ蒸散するから量が減っていくというれっきとした科学現象。ですが、ウイスキー職人たちの間では、天使に分け前を与えているからお返しに美味しいウイスキーが出来上がると信じられ、代々語り伝えられてきたそうです。
彼女がウイスキー蒸溜所で働く理由
そんなロマンチックな逸話に深く関わることになるのが、ウイスキー製造「天ノ家蒸溜所」でひっそりと働く鳩子。極力と人と関わらず、黙々と働く彼女にはとある秘密があります。それは、フィギュアスケーターという夢から逃げてきたこと。
自分を知らない場所で、誰とも関わらない仕事がしたいと、ウイスキー製造「天ノ家蒸溜所」にやってきた鳩子ですが、ある日の仕事帰りに本当に遭遇してしまうのです。例の“天使がこっそりとウイスキーを飲んでいる瞬間”に。
天使がもたらすのはウイスキーの芳醇な香りと……
いざ話してみると、神々しい琥珀色の外見からは想像できないほど気さくな天使。段々と天使と打ち解けた鳩子は、人生で初めてウイスキーを口にするのです。
ストイックなアスリート生活を送ってきた鳩子にとって全く縁のなかったお酒<ウイスキー>という世界。ですが、飲むよりもまず“香り”を楽しむのだという天使のアドバイスによって、その芳醇な香りに思わず酔いしれます。
美味しいウイスキーを飲んだ時に包まれるあの不思議な高揚感によって、天使に自分の話をし始める鳩子。気づいたらずっと抱えてきた鬱屈とした思いまで天使に吐き出していました。
天使が差し出した一杯のウイスキーは鳩子になにをもたらしたのでしょうか?
それは極上の心地良さだけではなく、彼女がありのままの自分を認め、自分自身と向き合う勇気でした。
お酒漫画の枠にとどまらない、優しさに包まれる“再生”の物語
――どこか感傷的で複雑な感情を呼びさます美しい琥珀色。そんな寂しさとは裏腹に全て包み込むような優しい香り。
ウイスキーを飲む時に感じるこれらの特徴は、鳩子が蒸溜所と出会った天使そのもの。『この一杯は天使の取り分』を読み終わった時、もしかしたら私たちが普段何気なくウイスキーを飲んでいる際もどこか遠くで天使が優しく見守ってくれているのかもしれない……と情緒あふれる余韻に包まれます。
さて、ウイスキー、そして天使と出会った鳩子は、ここから人生の再生へと一歩を踏み出しますが、ウイスキーが炭酸水と合わせることでガラッと雰囲気を変えるように、鳩子も過去をリセットして職場の人間と交わり合う、いわばマリアージュを起こすことで彼女の物語はさらに動き始めるのです。
ウイスキーというお酒がテーマの作品ですが、お酒漫画の枠にとどまらない、優しさに包まれる“再生”の物語をぜひ堪能してください。
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<作品紹介>
『この一杯は天使の取り分』
糸井のぞ (著)
夢から逃げて、出会ったのは……ウイスキーと天使!? フィギュアスケーターの夢から逃げ、ウイスキー製造「天ノ家蒸溜所」でひっそり働く鳩子。貯蔵庫で見た不思議な光を追った先で、美味しそうに飲酒する天使に出会った。ウイスキーの香りが漂う非現実的な空間で、自分の「現実」をなぜか語れてしまった鳩子は、少し心が軽くなって……?
<作者プロフィール>
糸井のぞ
2010年に「Citron」掲載の『婚前旅行』にて漫画家デビュー。代表作に、『わたしは真夜中』(幻冬舎コミックス)、『真昼のポルボロン』(講談社)、『最果てから、徒歩5分』(新潮社)など。現在は『僕はメイクしてみることにした』(講談社)と『この一杯は天使の取り分』(秋田書店)を連載中。
Twitter:@amazake_chan
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