共通の人物像を共有できたことで、家族全員で父の不在を悲しめるようになった
鈴木:母と姉からしたらテロというか、猛毒を投げつけられた様な感じだと思う。けどね、僕はこの本を書いて実はすごく良かったと思っていて。母という石、姉という石、僕という石があって。石というのは、それぞれ孤立して動かない感情であったり、それこそゆみこさんの言うような、言語化せずに自分の中に留めていた気持ちです。それで、そのポンポンポンと置かれた石だったものが、それぞれの思いを言語化することによって、有機的に動く生き物になって、相互作用する感じがすごくしたんですね。僕自身の認識が変わっていけば、姉の認識も、母の認識も変わっていくし、皆の石がちゃんと動いて、変わり始める。
僕、母、姉と、各自が抱いている父の人物像がちょっとずつ違っていて。母は僕のゲラに対してすごくモヤモヤしながらも読んでくれて、モヤモヤしながらずっとそれを言えなくて、やっと最後の再校ゲラに「大介の知っているお父さんと私のお父さんの人物像に乖離がある」と大きく書き込んだんです。そこで「じゃあお母さんの知ってるお父さんの人物像って?」と聞く、それを姉と僕の持つ人物像とすり合わせていく、といったプロセスを踏んだことで、家族で同じ父の人物像を見られるようになった。皆それぞれ違った人物像を持っていたんだけど、「全部剥がしてみたらここにお父さんいるじゃん、これみんなが知ってるお父さんじゃん」って。
あと、姉と父って、すごく似ていたんです。性格も好みもすごく似てる。姉は父の精神的な理解者なんだけど、父親が家庭に不在という状況の中、母と僕という血で繋がっているすごくそっくりな共同体があって、姉は3人の中で孤立していて、すごく孤独だった。だからたぶん、父が亡くなったとき、姉は悲しみをどう表現したらいいのかわからないほどの喪失感と孤立感の中にあったと思うんですね。一方、僕は父という人物像を見失っていたので「自分の父が死んだのに悲しめない」という状況に苦しんでいたわけです。自分はヒューマニストだと思ってたけど、実は冷血漢のどうしようもない人間なんじゃないか、ってぐらい、全然心が動かなかった。
では母はというと、一番冷静です。とりあえず父を綺麗に送り出し、綺麗に悲しみ、綺麗に蓋をして、「私は女独りで人生を歩んでいくんだ」というセカンドライフ像もしっかり出来ていた。でも、息子と娘が父の死に対してちゃんと向き合えていない、ということに悲しんでいた面はあったと思います。「何でこの子達はこんなに、お父さんが死んでも生きてても向き合えないんだろう?」って。そんな感じで、家族で悲しみや喪失感の温度がぜんぜん違っていたのが、「ここにお父さんいるじゃん」って感じで共通の父の人物像を共有できたことで、家族全員で父の不在を悲しめるようになった感じを僕は持ちました。ひとことで言えば、「家族にひとり足りない」という感じの、底なしの喪失感です。大事な人が、抜けている感じ。しんどいプロセスを踏むことで、この喪失感を家族全員で共有できるようになった。なので、やっぱりこの本を書いて本当に良かったと思っています。
(対談後半に続く)
鈴木大介 さん
文筆業。1973年千葉県生まれ。主な著書に、若い女性や子どもの貧困問題をテーマとしたルポルタージュ『最貧困女子』(幻冬舎新書)、『ギャングース・ファイル――家のない少年たち』(講談社文庫、漫画化・映画化)や、自身の抱える障害をテーマにした『脳が壊れた』(新潮新書)、互いに障害を抱える夫婦間のパートナーシップを描いた『されど愛しきお妻様』(講談社、漫画化)などがある。2020年、『「脳コワさん」支援ガイド』(医学書院)で、日本医学ジャーナリスト協会賞大賞を受賞。
Twitter:@Dyskens
青山ゆみこさん
フリーランスのエディター/ライター。1971年神戸市生まれ。月刊誌副編集長などを経て独立。単行本の編集・構成、雑誌の対談やインタビューなどを中心に活動し、市井の人から、芸人や研究者、作家など幅広い層で1000人超の言葉に耳を傾けてきた。〔ミモレ編集室〕にゲスト講師としても登場。著書に『人生最後のご馳走』(幻冬舎文庫)、『ほんのちょっとの当事者』(ミシマ社)等。
Twitter:@aoyama_kobe
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『ネット右翼になった父』
(講談社現代新書)
鈴木大介:著
ヘイトスラングを口にする父、テレビの報道番組に毒づき続ける父、右傾したYouTubeチャンネルを垂れ流す父……老いて右傾化した父と、子どもたちの分断「現代の家族病」に融和の道はあるか? ルポライターの長男が挑んだ、家族再生の道程!
取材・文・構成/露木桃子
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