「ボカロP」とは、VOCALOID(ボーカロイド)を活用して楽曲制作する人のこと。
昭和や平成では、歌手というのは本人が聞き手の前に立ったり、メディアで歌う姿を見せるのが普通でした。しかし、今は「ボカロP」「歌い手」時代。本人のビジュアルやバックグラウンドに左右されず、純粋に音楽の魅力=「才能」だけで勝負できる時代が来たといえます。平等ですが、才能のない人間にはごまかしのきかない世界ともいえます。
自分の正体を隠してボカロPとして投稿する音大生が音楽業界に挑む『アカネノネ』の4巻が5月30日に発売されました。

音大生の茜音(あかね)は、密かにボカロPとして動画投稿をしていました。でも再生回数が思ったように伸びず苦戦中。

 

彼の父親は有名なプロデューサー・神崎仁(かんざき・じん)。いつも注目されるのは父ばかり。茜音自身はクラスメイトと距離を置いていました。そんな父に、音大卒業後は自分のレコード会社で事務として働くよう言われ、茜音はとっさに宣言します。

 

彼は自分の曲を歌ってくれる16歳の歌い手・灯(ともる)を見つけ、チャットで接触をはかります。

 

彼女の曲にはいつも何かの音がバックに入っていました。それは船の汽笛。小さな漁村に住んでいるという彼女とチャット通話で話したのをきっかけに、彼は新曲を作ってみることに。

 

彼女にその曲を歌ってもらった時⋯⋯彼と彼女の新たな道がはじまったのです。

自分の音楽を表現するだけでは物足りない主人公


茜音は、顔も知らない灯とは普通に話せるのに、リアルの学校生活では有名な父へのコンプレックスからクラスメイトとうまく話せません。人と関わらなくても音楽は作れる、と思っていた彼に痛恨の一言が。

 

彼は表現したいだけでは物足りない人間だったのです。自分で作った音楽をネットで公開することは誰でもできる。けれど彼は再生回数を気にしていました。そして、灯と話した時、彼の制作意図が伝わっていることに喜びを感じていた⋯⋯それは自分の個性が相手に伝わり、理解される喜びでした。茜音が求めていたのは、自分の表現が相手に伝わることだったのです。

でも、茜音は対面でなくネット上で饒舌だからこそ、灯を見つけることができたんです。
直接会わなくても、曲と歌声で想いが届くし伝わるというのを知りました。歌や曲というのは当然ですが、聴覚で感じるもので視覚情報はいらない。その特性が伝わる、二人がチャットで「出逢う」シーンにはじーんときます。

ボカロ時代だからこそ、どこにいても世界に発信できる


「誰と出会うかで人生は大きく変わる」とよく言います。自分を引き上げてくれる人、一緒に活動すると相乗効果を起こす人⋯⋯そんな人と出逢える可能性は今、ネットの世界にも広がっているのだと伝えてくれる本作。灯は「才能」を持っているのに、リアルな世界では周囲に知られずにいました。
彼女の才能を見出し、世間に出していこうと伝えた茜音。

 

でも、ネットでのつながりをリアルな世界に持ってくることのギャップも語られています。灯は漁村に住む未成年。音大生の茜音が交渉に行くと、彼女の家族にバレて大変なことになったり、灯が茜音と自分との環境の差を実感して、遠く感じるシーンもあり。

歌や作曲がうまいことだけが「才能」ではない


本作は、そもそも「才能」って何だ? という話も入っている気がします。荒削りながらも歌い手の才能を持つ灯に対し、茜音はプロの父から「才能がない」と昔から言われてきました。そして歌の才能はすごいけれど、ひとりよがりなキャラも登場します。
彼らを見ていると、歌や作曲の才能がめちゃくちゃすごくなくても、相手を魅了するための「鍵」を見つけ出すことができる才能というのもあるんじゃないか? と思えてくるんですよね。

茜音に父の会社の人が言います。

 

「結果が早い」=歌が作曲がうまい才能を持つ人のことでしょう。
では、それだけではない、「人の心を動かす才能」というのは何なのでしょう。

一筋縄ではいかないこのボカロの世界、おもしろい⋯⋯!

 

『アカネノネ』第1話を試し読み!
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<作品紹介>
『アカネノネ』
矢田 恵梨子 (著)

まだ何者でもない凡才「ボカロP」が挑むのは、才能ひしめく「現代の音楽業界」!!
人との関わりを避ける音大生の茜音。「大学在学中にデビューする」という、父である超有名プロデューサーとの約束の期限があと1年に迫る中、コンペには落選続き。目立った成果を挙げられず焦っている。己の力を証明する為に、自分の正体を隠し、密かにボカロPとして動画投稿をしているが、再生回数は⋯⋯。そんなある時、彼の運命を揺り動かす出会いが!?

作者プロフィール:
矢田恵梨子

読切『真夏の電柱少年』で、第76回新人コミック大賞青年部門入選。2022年より「週刊ビッグコミックスピリッツ」にて『アカネノネ』を連載中。
Twitterアカウント:@mei82556yada

 


構成/大槻由実子
編集/坂口彩