「女らしさ」「男らしさ」のジェンダーバイアスがだいぶ崩れてきた令和の時代ですが、過去の呪いから解き放たれるのに時間がかかっている人もいるはず。「ザ・漢」な見た目のために秘めた乙女心を出せないでいる60代の渋いおじさんが主人公のほっこりコメディ『三國さんのバラ園』は、11月22日に1巻が発売されました。
バラ農家を営む三國玄一郎さんは渋くてちょっとコワモテな雰囲気の63歳のイケオジ。口数少なくバラを大事に手入れするその姿は職人そのもの。真剣な顔をしているとちょっと怖くも見えるのですが、実はかわいいキャラものやスイーツに目がない乙女心を持っていたのでした。
乙女心をひた隠しにする彼の元に、バイトの面接に来た素朴な女子高生・小鳥遊ひな。かわいいものを持っていたりスイーツが大好きでも世間的には全く違和感ナシな女子高生というスペックの彼女。共に働くうち、彼女にかこつけて三國さんがだんだん自身の乙女心を隠しきれなくなってしまう⋯⋯というストーリー。
乙女心を素直に出せない三國さんが切ない
主人公・三國さんの貫禄ある渋い外見と、乙女なかわいい内面のギャップにキュンとくるのが最大の魅力である本作。でもキュンとくるだけでなく、彼の過去を知ると切ないのです。
甘いもの好きで下戸なのに、正反対のイメージを持たれてきた彼は、本来の自分の嗜好を押し殺し、おかきやお酒を受け取り、他人からのイメージ通りに生きてきてしまった。令和の今なら、かわいいキャラものやスイーツ好きな男性なんて当たり前ですが、63歳という年齢や、どちらかというと寡黙なタイプなので、若い頃に乙女心を主張することは難しかったのだろうなあ⋯⋯と。
今なら「かわいいもの&スイーツ好きです」とカミングアウトしたって全く問題なさそうなのに、彼はいまだにジェンダーバイアスの呪いにかけられていて、「男というものは」という考えが強いみたいです。
三國さんをバイアスで見る男子と、見ない女子
本作はコミカルでほっこりする作風ですが、男性が抱えるジェンダーバイアスの呪いの話なのですよね。それは三國さんのバラ園でバイトをする二人の学生さんが対照的なところにも表れています。
以前から働いているアルバイトの亮太くんは、スイーツを平気でバクバク食べている金髪の男子大学生。彼は三國さんのことを見た目そのままの渋い「漢」だと思い込んでいます。悪意はないのですが、三國さんの遠慮や迷う心に気づかず、天真爛漫に「三國さんってこういう人ですよね!」という思い込みで行動しちゃいます。結果、三國さんが密かにガッカリすることも。
一方、今回新たに入った女子高生のひなさんは、三國さんが本当はスイーツを食べたいことに気づくのです。三國さんの外見からくる印象に囚われず、彼がスイーツを食べられなかった時にがっかりしたのをちゃんと見ていたのです。彼女が三國さんを「見た目とは違って優しそうな人」と思うのに対し、亮太くんは「漢気のある人」と見た目のイメージに当てはめ続けます。決してコンサバでない金髪の亮太くんですら中身はこうなのか、と思います。
これって男性の方がジェンダーバイアスの呪いから抜け出せないことを示しているのかも?
1巻終わりには、ある「フラグ」が立ちかけて「おおっ、そっち方面ですか」と思うのですが、ジェンダーバイアスの呪いを抱えた壮年男性という三國さんのキャラ設定を活かし、きっと一筋縄ではいかないはず。さて、彼がスイーツ好きを公言できるのはいつになるのでしょう。
『三國さんのバラ園』第1話を試し読み!
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<作品紹介>
『三國さんのバラ園』
澤枝 すぽこ (著)
三國玄一郎(みくに げんいちろう)63歳。バラ農家を引き継ぎ45年。丹精込めてバラを栽培する彼を、人は"職人"と呼ぶ。しかしこの男、貫禄あるシブい見た目とは裏腹に、趣味・趣向は誰よりも“乙女”であった。己の虚像によって願望がセーブされてきた三國さんだが、女子高生がアルバイトの面接にやってきたことから、そのブレーキは変調を来すようになり⋯⋯!?
構成/大槻由実子
編集/坂口彩
作者プロフィール:
澤枝すぽこ(さわし・すぽこ)
『さよならの果実』で第80回ちばてつや賞一般部門準大賞を受賞しデビュー。
X(旧Twitter)アカウント:@supocon0319