芸能界から”卒業”したアイドルのその後を、テレビの向こう側にいる私たちはほとんど知るすべがありません。あるとしたら、結婚・出産や、不祥事の報道くらい。それも、アイドル時代のイメージで報じられ、実際の彼女・彼はどんな人だったのか、という実像は見えてこないままです。
ある元アイドルが、”卒業”した後「普通の女の子」として生きようとした日々を語るコミック『つんドル！ ～人生に詰んだ元アイドルの事情～』。その1巻が7月8日に発売されました。
このコミックの原作者・大木亜希子さんは、AKBグループのSDN48の元メンバー。かつてアイドルだった女性です。SDNが解散した後、ライターに転身したという異色の経歴が話題になっている彼女は、2019年に実録私小説『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』を執筆しました。
そのコミカライズ版が、今回紹介する『つんドル！ ～人生に詰んだ元アイドルの事情～』なのです。
アイドルだったとは思えないジャージ姿で、ゴミ屋敷のように散らかった部屋の中、寝っ転がっているまま「人生が詰んだ」と実感している亜希子。彼女は、かつてアイドルグループの一員として、紅白のステージにも立ったこともありました。ですが、その初紅白の3ヶ月後、22歳で、アイドルを"卒業"。
それから、数年仕事を転々とした後、webライターに採用されて、婚活のためにハイスペック男子との「ノルマ飯」を日々こなし、順調な人生を歩んでいたはずが……。
病院に行くと「ストレスなどによる一時的な症状」と言われるも、一週間経っても体調が戻らず、そのまま会社を辞めることに。心配した亜希子の姉が訪問し、「人生詰んだ」様子の亜希子に、こんな提案を持ちかけます。
「亜希子 この部屋 出なさい
ルームシェアしなさい」
誰と？ もう話はつけてきてるらしい。姉が20代の頃、一時期ルームシェアしていた人で、一軒家に一人で暮らしていて、余っている部屋を格安で貸し出しているという、56歳、一般企業のサラリーマン。
元アイドルだからって、50代のおっさんに身売りするほどおちぶれてない！と最初は拒否する亜希子でしたが、姉いわく「そんな人じゃない」。「あんたこのままじゃまずい 誰かと一緒に住んだほうがいい」と説得され、この提案に乗ることにします。
そして、引っ越しをした亜希子が56歳サラリーマンと初めて顔を合わせるシーン。
これが、56歳の笹本さん。「ササポン」と亜希子の姉が呼んでいた彼は、愛想を振りまく亜希子に、笑顔で返すわけでなく、いきなり塩対応。
SDN48時代に培われた必殺・アイドルスマイルがまったく効かないササポン。予想外だったけれど、一緒に住むならこれでいいはず。でも、亜希子はちょっと悔しくなってしまうのでした。
なぜなら、Webライターになってからの彼女は「元アイドル」という最大にして唯一の武器で仕事を取りまくっていたからです。
得意先から仕事をもらえる理由も、周囲からやっかみを受けるのも、男性にご飯に誘われるのも「元アイドルだから」。武器にしていたつもりの肩書きが、自分の心を切り裂いていたのです。
「誰かに選ばれたい」「何者かになりたい」。アイドル時代も、webライターになってからも、心の底で願っていた亜希子。でも周囲は、アイドルグループの1人、元アイドルのライターとしか見てくれなかった。
「何者かになりたかったけど、現状では何にもなれていない」彼女がぽつりと自分の思いを語ると、口数少なくも、フラットな意見を投げかけてくるササポン。それは、元アイドルという肩書きとは関係なく、大木亜希子という一人の人間に向けた言葉なのでした。
そんな亜希子と、ササポンとの日々がはじまります。
元アイドルと56歳のサラリーマンの同居。その設定よりも、肩書きにとらわれている様や、承認欲求を強く持っているがゆえに現実をしんどく感じてしまう亜希子の描写が、強く印象に残ります。アイドルをやっていた頃「選ばれない」ことにフラストレーションを感じていた彼女が、当時を思い返すシーンもあります。
女であることを振りかざしながらも、相手から女と見られることに自分自身がやられてしまう、という構造に、ああ、これ覚えがあるな〜、という精神的デジャヴ。
この「振りかざしていた武器が自分を傷つける」現象を表現した大木亜希子さんの才能がすごいと思うのです。
でも、作中では何者かになりたくてもがいて焦っている姿が。なんだか、もどかしい。脱皮する前のもぞもぞするさなぎを見ているかのような。
そして、ササポンとの同居をすすめたお姉さんの、人を見る目と妹を思う気持ちが的確で素晴らしい。その理由は、読み進めるうちにわかってきます。まずは第一話を試しに読んでみてください！
【漫画】『つんドル！ ～人生に詰んだ元アイドルの事情～』第1話を試し読み！
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『つんドル！ ～人生に詰んだ元アイドルの事情～』
著者：飯田ヨネ, 大木亜希子
祥伝社
元アイドル・大木亜希子はwebライターとしての仕事も、婚活のためにハイスペック男子との「ノルマ飯」も日々こなし、順調な人生を歩んでいたはずが……。ある朝、起き上がれなくなり、そのまま仕事を辞めるハメに。職も彼氏も貯金もなしの彼女は、赤の他人である56歳サラリーマンのササポンと同居することをすすめられる。
AKBグループのSDN48の元メンバー・大木亜希子の実録私小説『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』のコミカライズ版。
原作者・大木亜希子
2005年、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー後、数々の作品に出演し、2010年から女性アイドルグループSDN48のメンバーとして活躍。解散後はwebメディアで会社員として3年間働く。現在はフリーライターとして活躍。『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』（宝島社）、『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』（祥伝社）などが代表作。
構成／大槻由実子
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作者プロフィール：
作画・飯田ヨネ
2016年に『給食の時間です。』でデビュー。「コミックビーム」2021年3月号まで連載していた『今度会ったら××しようか』、少年画報社「ときめきごはん」で2019年4月から不定期掲載の『ごはん読み切りシリーズ』、『ケムリが目にしみる』などが代表作。