ここに至るまでに、すでに3回くらいは「やっぱりマンションを買うのをやめとけばよかった……」と後悔した。「思てたんと違ーう!」と笑い飯西田になりかけたことは7回くらいある。入居の前段階からすでにこの有り様なので、実際に住んでみたらますます「あのとき、ああしておけば……」と思うことが山のように出てくるのだろう。今からもう恐怖でしかない。

ただその一方で、自分が求めていたのはきっとこういうことなんだろうという喜びもある。たとえば、結婚にしたって、どんなに最良だと思った相手でさえ、結婚の直前には「本当にこの人でいいのだろうか」とマリッジブルーに襲われることもあるだろうし、長い夫婦生活の中で「どうしてこの人にしたんだろう」と己の判断ミスを呪う日もあるかもしれない。会社だってずっと続けていれば、「ここでないどこか」に胸焦がれる瞬間はきっと来る。帝国ホテルの顧客満足度ですら、82.3ポイントなのだ。自分で選んだからといって、100%満足の暮らしなんてありえない。

それでも、自分の選択を信じて前に進む。反省も、後悔も、迷いも、引き連れて、選んだ道を正解にしていく。そういうことがしたくて、僕はマンションを買ったのだなと、にわかに実感しはじめている。


「自分のことは好きにならなくてもいいけど、せめて自分のとった選択くらいは愛せるようになりたいね」

この間、ある友人がぽつりとつぶやいた。その言葉は、カーブを曲がった先に見えた海みたいに、人生の見通しを晴れやかにしてくれた。たぶんそういうことなんだろう。40年も一緒にやってきた自分に対する認識を今さら改めようとしたところで糠に釘。

それよりも大事なのは、自分のとった選択を愛せるかどうか。胸を張れるところまではいかなくてもいい。悩んで、迷って、何度もすっ転んで、辿り着いた答えを、そのときの精一杯だったと信じ、受け止めて、また次のターンに立てるかどうか。それができるだけで、きっといつか振り返ったときに、そのでこぼこな道筋を、自分らしいと微笑ましく思えるのだろう。未来に誠実に生きることが、いつか過去を愛することにつながるのだ。

 

 

僕にとってのマンション購入は、その練習台。入居早々、「コンセントの位置をミスった……」と頭を抱えても、「近くでもっといい物件が売りに出ていた……」と膝をついても、自分の努力で手に入れ、自分の責任で選んだものを、これで良かったと言えるまで愛する。そんな生き方が、これからもうちょっとできるようになるといいなと思っている。

 

とりあえず今いちばん震え上がっていることが、明日が物件の引き渡しだというのに、決済のときにもらった3本の鍵のうち、すでに2本を紛失しているということだ。入居前から、3分の2が行方不明。千と千尋も真っ青の神隠しである。40を過ぎても衰えを知らぬ自分の物品管理能力のなさに、呆れを通り越して畏怖の念すらある。

自分を好きにならなくてもいいから、せめて大事なものはなくさない人間になりたい。精神的な意味でも、物理的な意味でも。

※横川良明さんの連載『自分のこと嫌いなまま生きていってもいいですか?』は、今回が最終回となります。1年半の間、読んでくださりありがとうございました。2024年1月からは横川さんの新しい連載が始まりますので、ぜひお楽しみに!

 

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イラスト/millitsuka
構成/山崎 恵
 

 

 

前回記事「父親に大腸ガンの疑いが...「親がいなくなる時」がいよいよ現実的になった時、40代独身の僕が考えたこと【自分が嫌いなまま生きていってもいいですか?】」はこちら>>

 
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