「ご主人を逮捕しますか?」という警察の問いに、妻は…


「このときはとにかく恐怖でガタガタ震えて混乱していました。警察が来るまでのあいだ、ドアの向こうで暴れている夫が怖くて。

警察が到着したときはほっとして涙が止まらなかったですが……でもこのとき、警察の方に突然聞かれたんです。『今なら現行犯でご主人を逮捕できますが、どうしますか?』と……」

混乱状態で警察を呼んだものの、そこまでは考えていなかった春奈さん。夫が逮捕され、前科がついたら家庭はどうなるのか? 娘と自分はどうなるのか? 咄嗟に判断はできなかったそう。

「娘と自分を守るために必死でしたが、とはいえ夫が犯罪者になったら……なんて思うと、私は知識もなく具体的な想像もできず、文字通りお先真っ暗になり……気づくと『逮捕はしないでください』と私から頼んでいて、このときは注意喚起で終わりました」

 

かなりの大騒動だと思いますが、これほどの事件のあとも夫は悪びれる様子もなく「大騒ぎして人様に迷惑をかけやがって」と、暴力は止んだものの春奈さんを蔑む発言をしていたそう。

ちなみに、この時点で自分の家族などに助けを求める、あるいは離婚を考えることはなかったのか気になるところです。
 

 


「かなりショックでしたし、自分が相当やばい状況にいることもわかってはいましたが……。でも何というか、この頃は私、まだ夫が好きだったんです。私は家の中で娘につきっきりな一方、外で遊び歩く夫へのヤキモチというか、変な執着心を刺激されていたように思います。キレたり不機嫌でなければ魅力的な人だから……と思っていました」

身近な家族などに暴力をふるわれたとき、瞬時に見限ることのできる人は少ないと聞きます。というのも、こうした異常事態が起きたとき、人は“正常値バイアス”というものが働くことが多いそう。自分の心を守るべく、異常事態を正常値の範囲内として捉えようとしてしまうのです。

「親にも相談しましたが、実はタイミングが非常に悪く……父が突然の脳梗塞で急逝したばかりでした。父は会社を経営していましたが、あまりに急なことだったので色々とゴタゴタしていて、母も精神的に参っていて。『あなたは養ってもらえるんだからいいでしょう』と言われ、そうか、我慢するしかないんだと思うしかありませんでした」

ちなみに夫は、春奈さんの父親が亡くなったときもほとんど関心を示さずに飲み歩いていたそうです。

「正直、私は結婚するまで、人生で苦労をしたことがなかったんです。実家は亡くなった父のおかげで裕福なほうで、母も世間知らずのお嬢様気質でほんわかした人。夫の暴力やモラハラが始まってしばらくして、誰も頼れず、逃げ場も対抗する力もないと思い知ったとき、自分がどれほど恵まれた環境にいて、同時に無力であることを思い知りました。

でも、これまで努力をしてこなかったぶん、これは私に必要な修行なのかもしれないとも思って。自分のことは自分しか助けられない、自分の人生を取り戻したい、自立するしかないと思うようになったんです」