ファッションスタイリスト佐藤佳菜子さんが日常に感じる思いを綴る連載です。
「まったくもって正常です」と目の前の医師が自信を持って言うのでわたしは『おーい!はに丸』(←昭和のテレビ番組参照)顔負けのカチカチの素焼き土器の顔になった。はに丸くんよろしく、目はテン。でも、口はすこし微笑んでいる。この表情が、ここの場でわたしが表現できる最大の社交性だった。連れ立つ相手の『ひんべえ(埴輪の馬)』も見当たらないので、わたしは、埴輪顔のままひとりで診察室を出ることにした。
わたしの卵巣には『卵巣奇形腫』という種類の腫瘍がある。名は『タマ子』。奇形腫という『進撃の巨人』に出てきそうなネーミングが結構気に入っているが、タマ子は、たった5cmの小人だ。きっとあの名作には入れてもらえない。腫瘍の中身は髪の毛や歯など(!)で、水で構成されるできものはたまに消えることもあるらしいのだが、奇形腫は簡単に消えたりはしない。約10年前に、婦人科で偶然発見して以来、常日頃、寝食を共にしている。なんせタマ子の姿は、こちらからは目視できないので折に触れて、ご機嫌伺いにエコーでワッツアップしたり、MRIで盗撮したりすることもある。
そんなタマ子が突然、消えた。
たまたま健康診断に行った新進気鋭のクリニックの医師によると、わたしの卵巣がまったくもって正常だというのだ。10年も仲良くやってきたのに、一体どこへ行った、タマ子よ。後日、本当にタマ子は夜逃げをしたのかを確認するべく、新しく紹介してもらった婦人科腫瘍の専門医のところへ行ってみた。すでにかかっている病院ではなく、なにも知らない先生にフラットな目で診てもらいたいと思ったからだ。
エコーを始めて2秒、、、
「いるけど」
新しい先生は事もなくタマ子を発見する。
「全然、いるけど」
タマ子のかくれんぼ、はい、終了〜。どうせそんなことだろうとは、こちらも思いましたけど。新しくかかった先生は「この卵巣奇形種は200人にひとりくらいは将来、がん化する。そうなると、いまの技術だとあなたを助けることができない。40歳を過ぎると、ホルモンも落ち着いて腫瘍が再発するということもなくなるから今とった方がいいよ」と、非常に明確にテキパキと話をしてくれた。
「ついでに子宮体がんの検査もしておく? それから、まだ、子ども産みたい? 卵巣のホルモン値(卵巣年齢のこと)見なくていい?」と立て続けに聞かれたので、うっかり流しそうになった。わたしはもう自分の人生に実子を持つビジョンはない。はっきり、ない。でも、まだがんばれば産める41歳という年齢が周りに気を遣わせてしまうのだ。すまんな、先生。
「センセ、わたし子どもはいらないですので、がんの方だけ診てください」
子どもを産まないのはわたしの勝手なのだけれど、子どもがいないことが他人に気を遣わせるのは、なんだか不本意だ。手術の話をするためにふたたび来院したときも「本当に子ども産まない?? 腫瘍がある方、卵管も卵巣も一緒にとっていい? まぁ、卵巣が一つになってもホルモンが半分になることもないし、まだ、子ども産めるから」
子どもを持たないことに対して、パートナー、そして親や家族が納得しているならそれでいいと思っていた。
わたしは、どこぞの誰ともわからぬ『世間様』というものに対する自分の見え方をまったく重要視していない。困ったときに『世間様』は助けに来てくれないだろうし、風邪をひいたとて『世間様』は薬を持って来てくれない。それでも、こうやって『世間から見る41歳子なし女』として、意図せずもご意見を賜ってしまう瞬間のなんとも言えない居心地の悪さよ!!
「主さん、ようざんす。わっちのことはほっといておくんなんし」
やれやれ、子宮周りはいろいろとドラマティック。そして、タマ子との本当のお別れも近そうです。
スタイリスト佐藤佳菜子さんのコーディネート
▼右にスワイプしてください▼
バナー画像撮影/川﨑一貴(MOUSTACHE)
文/佐藤佳菜子
構成/堂坂由香
前回記事「「病的なサイズのイヤリング狂」は間違いなく母からの遺伝。今日も耳たぶからため息が聞こえます【スタイリスト佐藤佳菜子】」はこちら>>
Comment