「初日が終わった夜、初めて言えたんです、“俺は役者”だって」

まだ少し火照りが残ったような面持ちで、東出昌大さんは微笑んだ。それは今から遡ること約7ヶ月前のお話。東出さんは敬愛する三島由紀夫原作の舞台『豊饒の海』の初日を迎えていました。高鳴る鼓動。震える脚。襲いかかる緊張と恐怖を打ち払い、見事に初日を成功させた夜、仲間たちとの食事の場で東出さんは“俺は役者だ”と万感の想いを言葉にしました。

 

東出昌大 1988年2月1日生まれ。埼玉県出身。モデルとして活躍した後、2012年、映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。14年、映画『クローズEXPLODE』で映画初主演。18年は『OVER DRIVE』『寝ても覚めても』『菊とギロチン』など数々の映画に出演し、第10回TAMA映画賞最優秀男優賞、第40回ヨコハマ映画祭主演男優賞など数多くの賞に輝いた。


お芝居ってすぐにできるものだと思っていた


2012年、映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。その後、連続テレビ小説『ごちそうさん』や大河ドラマ『花燃ゆ』など、俳優として王道とも言うべき道を歩んできました。

「本当に生意気な話なんですけど、すぐできると思っていたんです、お芝居って。僕は俳優デビューが23歳と少し遅めで、その焦りもあったと思うんですけど。それが全然できないことに気づくのに結構時間がかかりました」

打ち砕かれた自信。そこからは無我夢中でひとつひとつの現場に取り組む日々でした。技術も経験ない。あるのは、ただ熱意だけ。当時のがむしゃらな自分を「頑張り方がわからなかった」と東出さんは振り返ります。

「はじめの頃は、たとえば『好き』という台詞があったら、それを本物の言葉として口にするには、相手のことを本当に好きになったらいいんだろうかとか、役の家族構成がこうだからとか、頭でっかちなことばかりを考えていました。そのくせ、できることは少なくて、カメラの前に立つだけで緊張で体が強張る。いつも終わってから、もっとああすれば良かったという反省の繰り返しでした」

出口の見えない試行錯誤。けれど、そんな模索と葛藤が、俳優としての感性を研ぎ澄ます砥石になりました。

 

「とにかく染みつくぐらい台詞を練習すること。その先に見える境地があることをあの頃の僕は知らなかったんですよね。今はあれこれ考えるぐらいなら、まずはちゃんと台詞を練習する。何か用意するのはその次だって優先順位がわかるようになった。そういう変化は感じますね」

枝葉を足すことに腐心するのではなく、いかに揺るぎない幹をつくるか。そう照準を定めてから、視界がずっとクリアになりました。

「今でも新しい作品に入る前の日はすごく緊張します。でも昔みたいに家に出ることさえ嫌になるほど苦しい時期は脱した。きっとそれはキャリアを重ねるにつれて、少しずつ頑張り方や工夫の仕方がわかってきたからなのかな、という気がします」
 

二度目の舞台で学んだこと、そして三度目の舞台へ


そんな中で迎えたのが、冒頭で語った舞台『豊饒の海』でした。東出さんにとって二度目の舞台。演出は、英国人演出家のマックス・ウェブスター。演劇の本場・ロンドンで活躍する才能と過ごした時間は、東出さんにまた新たな覚醒をもたらしました。

「マックスからはとにかく『もっと存在感を、もっと存在感を』と繰り返し求められました。背骨を立たせて俺はここにいるぞと主張しないと誰も見てくれない。(演じた)松枝清顕として存在するには、もっと存在感が必要なんだということを強く言われましたね」

 

期間中は原作を繰り返し読みふけ、常に作品のことだけを考えていたそうです。文字通り全身全霊をかけた舞台。そのゴール地点で、東出さんの胸にこみ上げたのは、身体の奥から熱くなるような達成感でした。

「大阪大千秋楽のカーテンコールで挨拶をさせていただいたとき、思いのほか感極まってしまって。喋れなくなるぐらい泣いてしまったんですね。お客さんの前でそんなふうになるのは初めて。いやあ、もう最悪でした(笑)」

そう恥ずかしそうに笑ったあと、東出さんは自分をいたわるように、優しく目を細めました。
「仕事嫌いなのに(笑)、一生懸命やってたんだなと。仕事を頑張るっていいなと思ったし、改めていい舞台だったんだと胸を張ることができました」

そして、この夏、『二度目の夏』で東出さんは3度目の舞台に立ちます。東出さんが演じるのは、家業の会社を継ぎ、美しき妻を娶った何不自由ない男・田宮慎一郎。作品のテーマは「嫉妬」です。

「自分が愛だと信じていたものがそうじゃないと気づいてしまったとき、人間って絶望の淵に落とされたようになると思うんですね。きっと僕自身もボロボロになるだろうし、観ている方も背筋からヒヤッとする瞬間が度々あるような作品になると思う。まだ台本はいただいていないのですが、僕自身が観に行きたくなるようなすごい戯曲になるんじゃないかと期待しています」

作・演出を務める岩松了さんとは、初めてのタッグです。

「岩松さんはからは、『表現しようと思わないでいいよ』と言われています。たとえば怒りを見せようとしたとき、小手先で「1」を表現したら、それはもう『1』の怒りにしかならない。でも『0』として、ただ存在できれば、あとは観る人が『100』にも『200』にも想像を膨らませてくれる。そんな表現ができる最大のキャパが今回の本多劇場だと岩松さんはおっしゃっていました。岩松さんという演劇界の怪物とその本多劇場に乗り込めるうれしさと、お客さんの前に立つ恐怖がないまぜになって、大きな渦のようになっています」

恐怖。そう、さらりと東出さんは口にしました。

「他者の面をかぶり、心まで他者になりきってやること自体、やっぱり恥ずかしいというか、振り切らないとできるのものじゃない。そういう意味ではいまだにお芝居をすることそのものが恐怖だと思っています」

 

胸の内に渦巻く恐怖。恐れこそが、東出さんをここまで成長させてきたのかもしれません。

「お芝居をしているときは本当に苦しくて。だから手放しに面白いとは言えないんですけど。最近、瀬々(敬久)監督とお酒を飲ませていただいたとき、『こんな苦しいことやりたくないんですけど』ってボヤいたら、監督が『いいんだよ。むしろ俺はお芝居が好きだなんていう役者は嫌いだ』とおっしゃって。こうやって苦しんでいる自分も悪くないのかなってちょっとニマッとしたり(笑)。今もまだ自分がお芝居を好きかどうかはよくわからない。きっとわからないまま続けていくんだと思います」

そう語る口ぶりは、とても穏やか。ですが、柔らかい響きの奥に、じんわりと熱を帯びた鋼のようなものが宿っています。もしもその鋼のようなものに名前をつけるとしたら、仰々しいフレーズになりますが、これしかないでしょう。

役者魂――朴訥な人柄に秘めた揺るぎない役者魂が、この夏、劇場で静かに燃えさかります。
 

<公演紹介>
M&Oplaysプロデュース『二度目の夏』

 

作・演出:岩松了
出演:東出昌大、太賀、水上京香、清水葉月、菅原永二、岩松了、片桐はいり
企画・製作:M&Oplays

<東京公演>
2019年7月20日(土)~8月12日(月·休)@本多劇場

<福岡公演>
2019年8月17日(土)、18日(日)@久留米シティプラザ ザ・グランドホール

<広島公演>
2019年8月20日(火)@JMSアステールプラザ 大ホール

<静岡公演>
2019年8月22日(木)@静岡市民文化会館 中ホール

<大阪公演>
2019年8月24日(土)、25日(日)@梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ

<名古屋公演>
2019年8月27日(火)、28日(水)@日本特殊陶業市民会館ビレッジホール

<神奈川公演>
2019年9月1日(日)@湘南台文化センター市民シアター


撮影/岩田えり
ヘアメイク/AMANO
スタイリスト/及川 泰亮
取材・文/横川良明

 

 
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