苦しみを糧として今の自分がある

 

岸見 その経験の中には、苦しみも入っているのです。だから幸せだけではなく、辛かったときもあることでしょう。でもその苦しみを糧として、今の自分がある。そう思えるようになってほしいです。

空を飛ぶ鳥にとって、風という空気抵抗は絶対必要なものです。空気抵抗があるからこそ鳥は飛べるのであって、真空の中で飛べません。風があまりに強過ぎて押し戻されている鳥もいますが、風がなかったらそもそも飛ぶことができない。
この風のような苦しみを40年の人生で経験してきたからこそ、今の自分がある。

小林 本当にそう思います。

岸見 これは仏教の教えですが、生まれてきたこと、生きていることは苦しみだと。
水戸黄門の世界では「苦もあれば楽もある」ですが、人生は苦しいことばかりです。でもその中に自分の幸せを見出すことはできます。

しかし不幸の渦中にある人は、なかなかそう思えません。だから小林さんは『幸せになる勇気』というタイトルに抵抗されたのではないでしょうか?(前回の対談参考)。しかし、「苦しい状況でも喜びを感じていいんだ、その中で幸せを見出していいんだ」と思える勇気をぜひ持ってほしい。

小林 「幸せだ」という状態って、とても難しいと思うんですよね。「今、幸せですか?」って聞かれると……いろいろなことがあったので「幸せです」とは簡単に言い切れないところがあります。
でも幸せを感じることはできると思うから、幸せを感じていたいですし、幸せを感じる量や時間を増やしていくことを私自身は心がけています。


私たちは生きているだけで貢献している


岸見 どんなときに自分が幸せであると感じられるかというと、自分が何らかの方法で役に立てていると感じるとき、「貢献感」があるときです。

小林 自己中心的な生き方をしていると、「貢献感」は持てないですよね。

岸見 この人のために何ができるのか、と思えたときに初めて「貢献感」が持てる。そして、そういう「貢献感」を持てる人は幸せなのです。
「貢献」といっても、何か特別なことをしなくてもいいのです。小林さんなら、これまでと同じように人生を歩まれてもいいと思いますし、あるいはもっとテレビに出て活躍されてもいいと思います。

でも基本は「ありのままの私で価値があるんだ」と思えること。そう思えるのと思えないのとでは、全く違います。

 

小林 たしかに、ありのままの自分に価値があるとまでは、まだ思えてないですね。

岸見 私は大病を経験しましたから、そう思うのです。
十年以上前のことですが、心筋梗塞で倒れたのです。本当に何もできなくなった。ベッドに寝たきりです。体の向きを変えることすらできませんでしたから。
本を読むことはもちろん、音楽を聴くことも許されず、ただじっとしていなさい、と言われる。こんな自分に生きる価値があるのかな、と思ったときもあります。

小林 それは辛いですね。

岸見 しかし家族や親しい友人が入院したと自分が聞いたら、どうしただろうと考えたのです。どんなに状態が悪くても生きてくれていたらありがたいと思うでしょう。それを自分に当てはめてもいいと思ったのです。

仕事も失い何もできないけれど、生きていることを喜んでくれる人はいるだろうと思ったときから、精神的に少し安定するようになりました。
そうすると、まわりの人が変わってきたのです。看護師さんたちが私の部屋を訪れるようになり、仕事が終わってから僕の部屋に来て恋愛相談をするのです(笑)。

小林 先生に恋愛相談できるなんて羨ましいです。

岸見 だから行為で貢献できる人は、できる範囲で貢献すればいいのです。
私は入院した最初の頃、もう社会復帰できないかもしれないと思いましたから、ドクターに「家から一歩も出られなくても、本を書けるくらいには回復させてほしい」と言いました。
すると先生は「本は書きなさい、本は残るから」と言い、それは私の生きる指針になりました。

そのように行為のレベルで貢献できる人はそれで良いのです。
でも、それができなくても、生きていることが他者への貢献になる。
それが、ありのままの自分で生きていくということなのです。