かぶきねこ、ご存じですか?

2013年に新たに生まれ変わった東京・歌舞伎座は、インバウンドや若い歌舞伎ファンも取り込み連日にぎわいを見せています。
その建て替えに伴って地下2階に誕生した〈木挽町広場〉は、地下鉄通路に直結し、芝居客でなくとも気軽にのぞくことができますが、歌舞伎グッズや土産物が所せましと並ぶなかで人気を集めるのがイラストレーター吉田愛さんが描く〈かぶきねこづくし〉グッズです。

単にかわいいだけではない、ふてぶてしさも持ち合わせた愛嬌いっぱいの猫たちが歌舞伎の名場面を演じる図柄は、猫好き、芝居好きを問わずつい手を伸ばしてしまうという……魔性の魅力を持っているのですが、2017年には、このかぶきねこのキャラクターを活かした『どこじゃ? かぶきねこさがし かぶきがわかるさがしもの絵本』(文・瀧晴巳×絵・吉田愛)が発売されています。

 

歌舞伎の代表的5演目である『勧進帳』『義経千本桜』『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』『菅原伝授手習鑑』『仮名手本忠臣蔵』を、愛らしいかぶきねこたちが演じるカラー絵とともにわかりやすく解説し、指定された〈さがしもの〉を絵の中から見つけ出すという仕掛けつきで大好評を得ました。

 

あれから二年。
続編を期待するファンの声が高まるなか、ついにかぶきねこの新作『怪談 かぶきがわかるさがしもの絵本2』が登場。
シリーズ二作目にして、テーマは大胆にも〈怪談〉です! 

 



歌舞伎と怪談


歌舞伎の世界には「夏狂言」という言葉があります。

江戸時代の芝居小屋は、屋根こそあったものの電気もなく、明かり窓からの自然光とろうそくを巧みに利用して公演を行っていました。
当然エアコンなどは存在しませんから、夏場は芝居小屋の暑気を避けるために興行は行わず、主たる役者たちは土用休みと呼ばれる夏季休暇に入るか、地方巡業に回っていたといいます。

しかし寛政年間(1789~1801年)に入ると、夏場の小屋を利用して若手の役者たちによる低料金の興行が行われるようになり、この「夏狂言」が普段は脇役しか演じる機会のない若手役者や下級の狂言作者たちの登竜門となっていくのです。

その好例となったのが、1804年7月に江戸・河原崎座で上演された『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべいこくばなし)』
蝦蟇(ガマ)の妖術が登場するこの芝居は、四世鶴屋南北初代尾上松助(のち松緑)を一躍スターにした作品として知られていますが、このヒットでようやく歌舞伎の狂言作者として認められた南北は当時すでに50歳。
その後、71歳になった南北が書き下ろし、1825年7月、江戸・中村座で初演されたのが怪談物の大傑作『東海道四谷怪談』なのです。このとき、お岩さまを演じたのは三代目尾上菊五郎。悪役となる夫の民谷伊右衛門は七代目市川團十郎によって演じられました。

一方、カランコロンと下駄の音を響かせ、牡丹燈籠を手に恋しい男のもとに通う幽霊を描いた『怪談牡丹燈籠』は、中国の説話をベースに幕末から明治にかけて活躍した落語家・初代三遊亭圓朝が25歳のときに創作したという落語が原作です。
歌舞伎狂言作者・三代目河竹新七が舞台化し、1892年7月に『怪異談牡丹燈籠』のタイトルで五代目尾上菊五郎によって歌舞伎座で初演され、「夏は怪談物」を決定づけるきっかけになったといわれています。

 

この二人の作品を軸にした新刊『怪談 かぶきがわかるさがしもの絵本2』は、
●四世鶴屋南北『東海道四谷怪談』『獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』
●三遊亭圓朝の落語原作『怪談牡丹燈籠』『怪談乳房榎』
●歌舞伎舞踊の最高傑作『京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)』

という5作品を、歌舞伎初心者にもわかりやすいコンパクトな構成で、あらすじ、見どころ、登場人物紹介、名セリフ、そして〈かぶきねこ〉が演じるカラフルな舞台絵とともに、次々展開していきます。

 

怪談とはいえ、ページを埋め尽くすのは猫役者に猫観客。
ほのぼのとした愛らしい姿に頬はゆるみ、原作の怖さを忘れてしまうほどですが、一方、歌舞伎通の方であれば、その見開き一枚の舞台絵のなかに長時間に及ぶ芝居の見どころが実に巧みにピックアップされ、見事に配置されていることに気がつくはずです。

そんな歌舞伎通のあなた。
怪談をテーマにした絵本のなかに、『京鹿子娘道成寺』がラインナップされていることに不思議を感じませんか?

 

十八代目中村勘三郎もこの大曲を見事にこなした名優の一人でしたが、『京鹿子娘道成寺』は歌舞伎舞踊の頂点ともいわれる作品で、一年を通じて「ここぞ!」というときに、「これぞ!」という役者だけが、主役となる〈白拍子花子〉を勤めます。
約一時間の大曲を女方一人で舞い続けるという芸と技術と体力なくしては叶わない、歌舞伎役者にとってもファンにとっても特別な作品ですが、その圧倒的な舞台を前にしたとき私たちの心は震え、陶酔……恍惚……誰もが思わず拍手喝采を送ります。

ゆえに忘れがちですが、
この白拍子花子の正体は、恋するあまり大蛇の化身となって僧・安珍を鐘とともに焼き殺した清姫の怨霊……。

ああ……怖いものほど美しい。

『怪談 かぶきがわかるさがしもの絵本2』の本当の仕掛けは、そんな歌舞伎の〈魔力〉を伝えることにあるのかもしれません。


試し読みをぜひチェック!
▼横にスワイプしてください(実際の絵本は右開きです)▼

 

『怪談 かぶきがわかるさがしもの絵本2』瀧晴巳/文 吉田愛/絵


かぶきの登場人物が猫に!?
かぶき入門に最適の、にゃんとも豪華なさがしもの絵本。
今度は怪談づくし!
幽霊から化け猫まで、ひゅ~どろろ!

「東海道四谷怪談」「獨道中五十三驛」「怪談牡丹燈籠」「怪談乳房榎」「京鹿子娘道成寺」
1作品につき、演目のあらすじ・見どころ・登場人物などをたっぷり見開き4ページで紹介。その次の見開き2ページで、猫づくしで描かれる物語の世界のなかから、登場人(猫)物をさがすというさがしもの絵本です。

文/寺田 薫