そんなある日、取材をした1本の舞台がとっても面白くて。タガが外れたというのは、ああいうときに使うんでしょうね。興奮に背中を押されるように、自分の好きという気持ちをまるごとぶちこんだテンションの高い記事をアップしました。

で、アップしてから気がついた、これはマズくないかと。おっさんがこんなオタクまるだしの文章を書いて誰が喜ぶというのか。お顔のいい男の子たちに浮かれて、完全に判断能力を失っていた。夜中に書いたラブレターは朝になってみると読めたものじゃない。と、aiko先生も口を酸っぱくして言ってたのに……!

治安の悪さには定評のあるツイッターランド。これはもう罵詈雑言のリプライが紅白歌合戦でさぶちゃんが熱唱しているときの紙吹雪ぐらいの勢いで降り注いでくるんだと覚悟した。

したらば全然違った。むしろたくさんの人がその記事を面白がってくれて。そのときふっと、もしかして好きという気持ちをもっとストレートに出してもいいのかもしれない、と感じたのです。

 

そこから少しずつ記事の書き方が変わりはじめて。「キモい」と笑う人がいてもいい。自分が好きだと思った気持ちを、ありのまま文章に込めるようになりました。すると、そんな僕の奇天烈さをいろんな人が楽しんでくれた。

それは、受け入れてもらえた、という感覚がいちばん近いかもしれません。わかる、と頷いてくれる人。笑える、と吹き出してくれる人。いつの間にか、会ったこともないいろんな人と「好き」という気持ちでつながることが、僕の喜びになっていました。

もちろん今でも嫌な思いをすることはあります。初対面でいきなり「ゲイなの?」と人のセクシュアリティに土足で踏み込んでくる人。「いいおじさんが……」と嘲笑まじりの視線を向けてくる人。その場ではスルーしてますけど、夜な夜なジャポニカ学習帳に書き殴ってる。これがデスノートなら即心臓麻痺やで。本当、僕が夜神月じゃないことを感謝してほしい。

それでも、誰かに何かを言われるのが嫌で当たり障りなく生きていた昔の自分と、大声で好きなものを好きだと言える今の自分。どちらが楽しそうと言われれば、間違いなく今の自分。推しが好きだと叫んでいるうちに、ねじ曲がった気道がほんのちょっとだけましにして、昔よりずっと息がしやすくなりました。

 


今日もみなさんと、みなさんの推しが幸せいっぱいでありますように


今でも自分のことは全然好きになれません。一時期はなんとか自分を好きになろうキャンペーンとか張ってみたんですけど、しんどすぎて逆に心が病んだのでやめました。ここはね、もう開き直ろうと。無理なもんは無理なのです。

そして、こう考えた。僕は本来自分に向くべき愛情が一滴たりとも自分に注がれない結果、あり余った愛情が推しに爆発しているのだと。自分のためには頑張れないけど、推しのためなら頑張れるし、自分のいいところなんてひとつも挙げられないけど、推しのいいところなら夜通し100個でも語れる。どうも、ひとり千夜一夜物語です。

はたから見たら、自分の人生に直接関わることもない相手に時間とお金を費やすなんてバカげているのかもしれない。生産性なんてまったくないし、現実逃避と言われればそれまで。結婚とか老後の人生設計とか、そういうことをちゃんと考えた方がいいのかもしれない。

でも、世間が指し示す規範みたいなものを追いかけた結果、ちっとも幸せになれずにここまで来たので、もうそういうのは全部土俵の外へうっちゃらせていただきたい。それよりも、こんなふうに誰かを好きと大声で言える楽しさ、ずっと僕は知らなかったから、今はこの好きという気持ちをタンクにつめて、人生というサバンナを駆けていこうと思う、オンボロのジープで。

好きという気持ちは無鉄砲で、時々自分でもバカだなと思うけど、でも好きという気持ちはどんな嫌いという気持ちよりも強力で、ひたすらに好きと言い続けることは自分を思いがけない場所へと連れて行ってくれる。そんな奇跡を、僕はこれまで何度も経験してきた。

だからこれからも喉を潰すぐらいの勢いで、推しが好きだと叫びたい。幸せのなり方は今もまだよくわからないけれど、そうやってちょっとずつでも自分で自分のことを幸せだと認めてあげられる人間になれたらいいな、と思います。

3月の終わりから始まったこの連載も、今回でおしまいです。ただの若手俳優おたくの戯言をとりとめもなく綴ってきましたが、この閉塞感でいっぱいの時代に、こんな戯言がふっと笑える一瞬の息抜きにでもなっていたなら、とてもうれしいです。3ヶ月間、お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

それでは、これにて幕です。どうか今日もみなさんと、みなさんの推しが幸せいっぱいでありますように。
 

前回記事「オタクの心の浄化槽。男子の“わちゃわちゃ”が今の時代に求められる理由」はこちら>>

「推しが好きだと叫びたい」連載一覧
第1回:あの日“推し”に出逢って、僕の人生は変わった
第2回:荒みがちな心を癒すのは“推しのいる生活”
第3回:ドラマ『恋つづ』から考える、推しのラブシーン問題
第4回:自粛生活では新たな推し=生きる燃料。朝ドラ俳優・窪田正孝の底知れぬ魅力
第5回:こじらせてると解ってる、でも言いたい「推しに認知されたくないオタク」の本音
第6回:「推しの顔が好きすぎて語彙力死ぬ」問題をライターの僕が本気で考えてみた【ライター横川良明】
第7回:やっぱり顔が好き!顔から推しに堕ちたオタクを待つさらなる落とし穴【ライター横川良明】
第8回:SNSで話題の史上最強沼・タイBLドラマ『2gether』の素晴らしさを語らせてくれ
第9回:ナイナイ岡村の炎上騒動から考える「長く愛される推し」に必要なモノ2つ
第10回:転機は高橋一生だった。推しの肌色面積問題、着てる方が好きなオタクの意見
第11回:オタクの心の浄化槽。男子の“わちゃわちゃ”が今の時代に求められる理由
第12回:推しが好きだと叫んだら、生きるのがラクになった僕の話

 
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