妻がSNSを見るのを辞めた理由
SNSを見るのを辞めた。
LINEもほとんど開いていない。誕生日を境に友人から「おめでとう」のメッセージが届いたが、未読のまま開かないようにしている。
そこには透のメッセージも含まれていて、こればかりは確認したくて仕方がなかった。
けれど辞めた。
彼だけでなく他の友人たちも、下手に連絡を取り合ったところで、それ以上の繋がりを持つことは難しい。ならば外の世界は完全に分断してしまった方が美穂自身が楽だった。
雑誌のスナップに出たいなどと言ったからだろうか。貴之は最近ますます神経質になっている。
ーー俺が一番大事にしてるのは家族なんだよ。そのために必死に仕事をしてるし、実際、生活に困ってないだろ?イイ歳で雑誌に出たいなんて、欲求不満の女がすることだろ。
そう言った夫に、美穂は何も言い返せなかった。
ーー俺は家族を守る義務がある。だから美穂が心配なんだよ。
これはきっと彼の本心だし、彼が家族を支えているのも事実だ。感謝しなければならない。
しかしそれ以来、貴之は妻のほんの少しの外出にすら敏感になり、帰宅時間なども細かく指定するようになった。そのため美穂は夫を刺激しないように、外出は最低限に控え、ますます家に籠るようになったのだ。
「もしもし、美穂!?ねぇどうしたの、全然連絡取れなくて心配したよ!?」
とうとう早希の電話に出たのは、在宅勤務になった夫が3月の緊急事態宣言以来、久しぶりに出張に出かけた夜だった。
「……ごめん、ちょっとバタバタしてたの」
早希からの紹介だと言ってママ雑誌のエディターから連絡があったが、スナップの依頼は断った。その後、早希のLINEも電話も見ないようにしていた。いや、見ることができなかった。彼女はそう簡単に美穂を放っておいてくれないからだ。
「過ぎちゃったけど、お誕生日おめでとう。とりあえずお祝いのランチしよう。美穂の予定に合わせるし近くに行くから、いつがいい?」
案の定、早希は勢いよく予定を詰めようとする。
「最近忙しくて……。ごめん、また改めて連絡……」
「ねぇ美穂、もしかして貴之さんと何かあった?」
そう指摘され、美穂は言葉に詰まる。
「スナップの件も断ったって聞いたわ。美穂はきれいでオシャレだから絶対人気出るのにもったいない。貴之さんに反対された?でもさ、家にこもってばかりいるより社会と接点をもった方が……」
「もう、やめて」
気づくと、自分でも驚くほど低い声が出ていた。
心臓が大きな音を立てていて、息が苦しい。
「40歳にもなってスナップなんて、何だか欲求不満の女みたいな気がしたのよ」
今度は早希が黙る。
「早希には分からないだろうけど、子育てって本当にやることが山積みなの。必要もないのに無理に仕事なんかしたら、家族の時間が台無しになっちゃう」
一瞬、貴之が喋っているかのような錯覚に陥った。
自分を心配してくれる親友にこんな攻撃的な言葉は吐きたくない。なのに止められなかった。
「…………」
早希は沈黙したままだ。
鼓動の音がさらに大きく響き、口の中がカラカラに乾く。
「もう湊人が寝てるから……ごめん、おやすみ」
美穂は半ば混乱状態のまま一方的に電話を切った。
気まずい空気が重くのしかかり、身体が押し潰されそうだった。
亀裂の入った女の友情。早希は仕事に邁進するが、居心地の良かった職場にも変化の波が……
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