イギリスがなぜ、この絵本に描かれているような貧困家庭を生み出すことになったのか、そして増え続ける子どもの貧困について、本書では次のように教えてくれます。

 

わたしは1996年から英国に住んでいるが、1997年に政権を取ったトニー・ブレア率いる労働党政権には、子どもの貧困は社会の「悪」であり、撲滅すべきものであるという認識があった。だから、実際に、彼らは子どもの貧困をなくすことを政策の柱とし、包括的な貧困撲滅の政策を打ち出した。が、2010年に政権を奪い返した保守党が緊縮財政に舵を切り、福祉、教育、医療などへの財政支出を大幅に削った結果、子どもの貧困が凄まじい勢いで増加した。

現在、英国では400万人を超える子どもが貧困の状態にあると言われている。これは、一クラス30人のうち、9人の子どもが貧困家庭で育っているということだ。10年前の時点で、チャリティー団体のトラッセル・トラストは英国全土で57ヵ所のフードバンクを運営し、年間1万4000のフード・パーセル(最低3日分の食料の詰め合わせ)を子どもたちに提供していた。しかし、昨年(2019年)の段階でフードバンクの数は428ヵ所になり、年間約58万のフード・パーセルを子どもたちに配布するようになった。

 

フードバンクの急速な増加に伴い、イギリスの大手スーパーでは、フードバンクへの寄付に適した商品にカラフルなポップをつけ、その商品を購入したらそのまま慈善団体に寄付できるよう、店内にコーナーまで設けているそう。ほのぼのとした絵本に、スーパーのカラフルなポップ。ブレイディみかこさんは、フードバンクの存在がイギリスの日常、さらに子どもたちにまで、足音も立てずにじわりと浸透していくことへの違和感を綴ります。そしてひとつの映画を取り上げ、本当の貧困とはなにかを問いかけます。

ケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』にも、体を悪くして働けなくなった高齢の失業者と、貧困で売春にまで追い込まれたシングルマザーがフードバンクを訪れる場面があった。何日もまともに食事していなかった母親は、フードバンクで棚にあった缶詰をわしづかみにして、我を失ったようにその場で貪り始めてしまう。

本当の貧困は、本当に食べられないということは、あのシーンだ。「お母さんはお腹が空いてないから。あなたが食べなさい」と最後のパンの一枚を子どもに食べさせる母親の裏には、ひとかけらの尊厳すら人間から奪い去るような、あの凄惨なシーンがある。