「おひとりさま認知症者」の機嫌がよい理由

 

薬を使わない精神科医として有名な認知症ケアの専門家、高橋幸男ドクターの「からくり理論」によれば、(認知症者の)問題行動と呼ばれる症状にはすべて「からくり」があり、その原因をつくる誰かが周辺にいるということです(『認知症はこわくない 正しい知識と理解から生まれるケア』NHK出版、2014年)。それなら独居の認知症患者さんは、「からくり」が発動しない環境にいることになります。疫学的証明ができるほど事例数は多くありませんが、高橋医師の経験的な臨床例によれば、「一人暮らしの認知症の人のBPSD(行動・心理症状)は軽い印象があります。興奮や暴力は明らかに少ないですし、介護拒否や、『帰る』妄想、人物誤認妄想、物盗られ妄想や嫉妬妄想なども多くはありません」と指摘し、「家族がいる場合とは異なり……日々指摘を受け(𠮟られ)続けるストレスはきわめて少ない」とあって、やったね! と思いました。高橋医師に限らず、認知症対応に関わる複数の医者から聞いた話でも、独居の認知症患者さんの方が周辺症状が穏やかで機嫌よく暮らしておられるということでした(もちろん個人差はありますが)。

 

認知症者が独居の在宅で暮らせるか、ですって? 生活習慣が維持できなくなっても、訪問介護に入ってもらえば食事も入浴もできます。なじみのあるヘルパーさんなら、施設のように抵抗することもありません。自分で食事の用意ができなくなれば配食サービスをお願いすればよい。認知症の人でも食事を出せば、ぱちりと目を開けて召し上がります。食欲は生きる意欲の基本のキ。食べられるあいだは食べていただいて、機嫌よく下り坂を降りていってもらい、そのうち食べられなくなったり、寝たきりになったりしたら、認知症があろうがなかろうが、ケアは同じです。実際、そうやって独居の認知症の高齢者を、在宅のまま見送ったという事例も耳にするようになりました。