「もしも男性も妊娠する世界なら?」と想像したことはありますか? 妊娠中は日々変わっていく自分の体に不安を覚え、つわりにも悩まされます。出産する時は自然分娩でも帝王切開でも痛い思いをすることは避けられません。産んだら産んだで、子育てに追われ、大変な時期は続きます。だからこそ、「男も一回妊娠してみろ!」と思ったことがある女性は少なくないはず。2013年に発売された『ヒヤマケンタロウの妊娠』と、その続編で今年紙版が発売された『ヒヤマケンタロウの妊娠 育児編』(上巻下巻)は、男性も妊娠するようになった世界を描いた作品です。男性が妊娠する物語を通して、男女の関係性、会社での立場、家事や育児分担、社会の偏見など、さまざまな問題が浮かび上がってきます。

32歳の桧山健太郎は、とあるレストランチェーンの企画部部長として働く会社員。結婚なんて全く考えたことがなく、複数の女性と気楽な交際を楽しんでいました。そんなある日、妊娠が発覚します。約10年前から男性も妊娠するようになったのですが、男性の自然妊娠率は女性の約1/10と低いものでした。男性には産道がないので、出産は帝王切開。中絶する時も開腹手術が必要となります。

 

桧山は突然の妊娠に戸惑います。会社の同僚たちも、実際に妊娠した男性を目の当たりにしたことがないこともあり、陰で噂をしたり、笑いものにしたりと散々でした。そこで桧山は逆に発奮して、「妊夫」という珍しい立場を利用して、この社会に自ら居場所を作ってやる! と出産を決意。そして、お腹の子の母親と思われる、時々関係を持っていたフリーライターの亜季にも、「認知や養育費は求めないから」と、シングルファーザーとして生きていくことを宣言します。

 

出産から3年、桧山は妊娠中に企画した妊夫カフェを立ち上げ、息子の幸太郎も3歳に。幸太郎の母・亜季は仕事第一で子ども嫌いを公言していましたが、桧山とは別々に暮らしているものの、パートナーとして育児に協力していました。

男性も妊娠するようになったとはいえ、まだまだ少数派。妊娠出産や育児は女性の役割と考える男性は今も少なくありません。かつては桧山もその一人でしたが、自分が出産、子育てをするようになり、女性の置かれている立場を理解できるようになりました。

 

とはいえ、保育園に預けた子どもが急に発熱した時は、自分で仕事をなんとかやりくりして、大急ぎでお迎えに行くなど、仕事と育児の両立は容易ではありません。桧山は、慌てて乗り込んだ電車で、大きなお腹を抱えて気分を悪そうにしている男性を見かけます。妊夫のようですが、座席に座っている他の乗客はそのことを知ってか知らずか、彼に席を譲ろうとする素振りはありません。そんな状態を見かねた桧山が、「どなたか席を変わってもらえませんか?」と呼びかけるも、乗客にニヤニヤと見られたり、「妊娠?」などと小声でささやかれたりしたことに耐えられなくなった男性は、逃げるように別の車両に移ってしまいました。

 

桧山は自らの妊娠を逆手に取って、仕事にも生かしてきましたが、他の男性も同じように強みにできるわけではなく、誰にも言えない悩みを抱えている人のほうが多いようです。桧山が妊娠中に立ち上げた妊夫カフェは、男の出産への理解が少ない現状を変えるきっかけにすべく、“ウムメン”を応援するために作った店。しかし、3年が経過しても妊夫の肩身が狭いのは変わらず、利用客が伸びなやみ、とうとう社内で閉店が検討されるようになってしまいました。

そんなある日、桧山の会社を、同社のCMに出演中の人気アイドル・青柳聖也がインタビューを受けるために訪れます。桧山がトイレで用を足していると、聖也が個室に駆け込んできて、嘔吐しはじめました。ようやく落ち着いた聖也は、桧山に「今から話すことは誰にも言わないでもらえますか?」と切り出し、実は妊娠しているという驚愕の事実を伝えます。

 

桧山は妊夫のとき、メディアの取材などに積極的に応じていたことから、“ウムメン”の代表格のような存在になっており、社内でたまたま彼を見かけた聖也は、思い切って悩みを打ち明けることにしたのでした。

人気男性アイドルの妊娠という、とてつもないスキャンダルを知ってしまった桧山。しかもお腹の中の子どもの母親は、人気アイドルグループOTW49のメンバー・浅川櫻でした。彼らは真剣に交際していましたが、思いがけず聖也が妊娠。グループのセンターを狙う櫻は、恋愛禁止のルールを破るどころか、男性を妊娠させるアイドルなんて絶対にありえない! と出産を望む聖也に猛反対します。

行きがかり上、先輩妊夫として相談に乗ることになった桧山は、どうやって聖也をサポートしていくのか? 人気アイドル同士の聖也と櫻の選択は?

この作品、ぜひ前作の『ヒヤマケンタロウの妊娠』から全部読んでほしい! 男性が妊娠なんてどうせありえないことと切り捨てるのは簡単ですが、“もしも”と仮定したことで、見えてくる男女の問題があまりにも多いからです。

この漫画を通じて、「『少子化少子化』と騒ぎ立てながらも、責任のほとんどを女性に押し付け、妊婦や母親に冷たい日本の社会を、マジョリティである男性に疑似体験させてみたかった」と作者の坂井恵理さんが言うように、妊娠出産や子育ては女性の役割、女性には母性があるから子どもを育てられるはず、といった価値観に無理やり当てはめようとし、他人事としてしか考えてこなかった男性や社会の姿が浮き彫りになっているからです。

例えば、避妊しない性行為や、予期しない妊娠は男女双方に責任があるはずなのに、不安を抱えて悩むのは女性ばかりです。誰にも言えないまま出産し、子どもを殺してしまった女性は逮捕されますが、もう一方の当事者である男性が咎められることはありません。また、緊急避妊薬の導入についても、望まない妊娠を避けるための、女性にとっての“最終手段”であるにも関わらず、ある男性医師が「緊急避妊薬を使うと安易な考えに流れてしまうことを心配」と発言し、炎上したのもつい最近の話です。

結婚して双方の同意のもとに出産し、共働きで子育てしていたとしても、保育園の送り迎えや食事の用意、入浴や寝かしつけなどは母親が担うことが多く、父親は仕事に専念し、手伝える時だけ手伝う、という当事者意識のなさはよく指摘されています。これも、もし男性が妊娠、出産をして当事者になったら、考え方や行動が変わってくるかもしれません。

現実には男性は妊娠しませんが、この作品を通じて、想像をふくらませることができるのではないでしょうか(本当は当事者にならなくても、自分ごととして考えてくれよ、と言いたいところですが……)。また、この作品はNetflixオリジナルドラマとしてドラマ化も決定。桧山健太郎を斎藤工さん、パートナーの亜季を上野樹里さんが演じ、2022年に全世界への独占配信が予定されています。一人ひとりが今までの悪しき“当たり前”から離れ、ちょっと違う目線で世界を見てみることで、少しずつ世の中が変わっていけばと願うばかりです。


「もし男性が妊娠するようになったら『日本社会はどう変わるか』、本気で考えた【漫画家・坂井恵理】(現代ビジネス)>>
 

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『ヒヤマケンタロウの妊娠 育児編』上巻下巻

坂井恵理 講談社

「男も妊娠する世界」を描いた話題作が帰ってきた! 初めての出産を経て、シンパパ育児中のサラリーマン、桧山健太郎。 彼のもとにある"妊夫"が訪ねてきて……!? 社会の圧を飛び越えて、当たり前が変わる男の妊娠・出産ドラマ!