「美しさを武器に成功すること」を叩き込まれたヘラン


物語はケビンの不審死の真相を追いながら、同時ヘランの過去をさかのぼっていきます。前半は「ヘラン強烈伝説」のオンパレード。自身の成功のために「つきあう価値がない」ケビンを捨て、最高裁判事の父を持つエリート検事テウク(チ・ジニ、『ムーブ・トゥ・ヘブン 私は遺品整理士です』)に「僕の家柄を利用すればいい」とプロポーズされ、愛のない結婚をします。

中途半端な後輩は容赦なく潰し、陰口や嫉妬もモノともせず、人知れず大きな犠牲を払いながらアンカーに上り詰めたのでした。しかしよく考えてみると、同じようなことをして地位を得る男性たちは山ほどいるし、彼らのそうした行動をあげつらって悪く言う人間はほとんどいません。

『ミスティ〜愛の真実〜』©Jcontentree corp.all right reserved.

そしてヘランが女性だから味わってきた辛酸は山ほどあります。「美しさを武器に成功すること」をヘランに言い聞かせた実母は、「顔がむくむから」と炭水化物を食べることを禁じていました。義父はアンカーの地位を得るまで会ってもくれず、義母は排卵日ごとに漢方薬を持って家を訪れます。男たちは「コ・ヘランのくびれがたまらない」と下卑た笑いを浮かべ、いくら視聴率を取っても出世は部長止まり。容疑者として受ける検事の取り調べは体のいいセクハラでしかありません。

 


ヘランが代表するのは「男社会の女性」ではない


私がとくに興味深く見たのは、ある二つの場面です。ひとつは汚職をめぐる検察の会見で、若き日の記者ヘランだけが執拗に追及する場面。男たちの「空気を読まずに質問しまくり、注意しても聞かない」という苛立ちも含め、東京新聞の望月衣塑子記者とそっくり。そしてもうひとつは、権力の結託によって不法に拘束されたヘランに投げられる「女なんだから身の程をわきまえろ」という言葉です。ヘランは私たちとまったく同じ世界に生きているのです。

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しかしこのドラマは、理不尽な男社会における女性の闘いを描いたものではないのです。ヘランが代表するのは「女性」ではなく、権力に対峙する「ジャーナリズム」。

彼女が「見たことのない頂点」を目指してなりふり構わず手段選ばず突っ走ってきたのは、「あらゆる権力に忖度しない報道」をするため。追い詰められても、自分が木っ端微塵になるのも覚悟の上で正面突破してゆくヘランの必死さと切実さを見てきた仲間たちは、だからこそ、たとえ彼女が大嫌いだったとしてもある種のリスペクトを抱かずにはいられなくなってゆきます。財閥、産業界、法曹界、マスコミ……国を意のままに動かす巨大な権力が結託してヘランを殺人犯に仕立てようとするなか、「これは明らかな言論弾圧だ」と受けて立つジャーナリストたちのなんというカッコよさ。日本ではほぼ忘れ去られているが、ジャーナリストは本来カッコいいものだし、そうあってほしい。

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まったく愛がないことを承知で結婚した仮面夫婦の行く末は


もちろんこのあいだに、ケビンの死の真相も徐々に明らかになっていくのです。ケビンがヘランに仕掛けた復讐の罠、何者かによって盗まれたドライブレコーダーの映像、ヘランの後釜を狙い地方に飛ばされた後輩ジウォン、ヘランと夫の関係に嫉妬するケビンの妻ウンジョンの嘘、ヘランを執拗に追い詰める刑事ギジュン、そしてヘランを常に見つめる謎の人物。そして、ヘランが隠し続ける高校時代に起きた別の殺人事件……絡みあう個人的感情と政治的思惑に、事件の本当の解決は最終話の最後の瞬間までもつれ込んでいきます。

そんな中でもっとも翻弄されるのは、ヘランの夫テウクです。

『ミスティ〜愛の真実〜』©Jcontentree corp.all right reserved.

検察庁の政治に嫌気がさし人権派の国選弁護人に転身したテウクは、弁護人としてヘランの無実を信じながらも、夫として妻を信じることができない。そもそもテウクは自分をまったく愛していないことを承知で――いつかきっと自分を愛するようになってくれると信じて――ヘランを妻にしたのです。テウクは激しく嫉妬し葛藤しながら無償の愛へ近づいてゆき、決して誰も愛さない女ヘランを変えていきます。

かつて完全な仮面夫婦だった二人の関係の変化は、テウクの変化によってもたらされたものであり、実はその点でも多分にフェミニズム的なドラマなのです。


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4章 バスタオルを用意したほうがいい、100万人の号泣ドラマ 
5章 人間の複雑な本質をえぐる、極上のサスペンスドラマ 
6章 悪人のいない世界を描き続ける、韓ドラNO.1のスターPD シン・ウォンホ作品 
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8章 顔がいいだけじゃない! 推しのイケメン出演作 
9章 いま観ても面白い、いま観るから面白い伝説の大ヒットドラマ 
10章 100万人が泣けて笑える、お茶の間にぴったりのKBS週末ドラマ


取材・文/渥美志保
構成/川端里恵(編集部)


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