「愛莉の嫉妬深いところ、うんざりだよ」

あれはノートルダムが燃えた翌日のことだった。元カレが吐き捨てた言葉は、今も呪いのように記憶にまとわりつき、私を臆病にさせている。

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彼は映画オタクで、映画館に行くのは年に一、二回程度だった私をミニシアターに連れまわした。意味不明な作品に目が点になっていると、時に辛口で、時に手放しで、毎回情熱を込めて解説してくれた。様々な知識を惜しみなく授けてくれた。

「映画に偶然はない。カットの全てに、映っているもの全てに意味があるんだ!」

それまで漠然と享受していた映画を、こんなに深読みしてこねくり回して受け取る人がいるなんて。驚愕しつつ、新世界への扉を開いたような興奮があった。

私は彼に感化され、自らぐいぐいマニアックな道を突き進んだ。彼にがっかりされないよう、彼に認めてもらえるよう、必死に映画を観て、学び、語った。

地元の友達とハリウッド映画を観に行ったとき、うっかり本気で分析してドン引きされたことがある。その時、恥ずかしいと同時に、妙に誇らしく満ち足りた気分だった。

彼の存在を超えて、映画、それ自体が私の喜びなのだと確信した瞬間だった。

「私も同じ大学院を受験して映画の勉強をしようかな。ずっと一緒にいられるし」

以前から就活はせず、進学して映画を学ぶと決めていた彼にそう告げた。私も同じ道を選べば喜ぶと信じていたのに、彼は顔を引きつらせた。

「俺を見張ろうっての?」

「違うよ! 私ももっとこの分野を追究したいって――」

半分は本当で、半分は嘘。

理論派で上昇志向の彼のこと、同じ高い志と深い知識を持つ女性に出会えば、私では物足りなくなってしまうのではないか……逆もまた然りで、彼に心酔する女性も現れるのでは……

私の一方的な焦りと独占欲が、徐々に彼の心を冷やしていった。

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恋愛も修士論文も行き詰まり落ち込むなか、ゴミ箱の隙間に倒れた男性を見つける。

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<新刊紹介>
『燃える息』

パリュスあや子 ¥1705(税込)

彼は私を、彼女は僕を、止められないーー

傾き続ける世界で、必死に立っている。
なにかに依存するのは、生きている証だ。
――中江有里(女優・作家)

依存しているのか、依存させられているのか。
彼、彼女らは、明日の私たちかもしれない。
――三宅香帆(書評家)

現代人の約七割が、依存症!? 
盗り続けてしまう人、刺激臭が癖になる人、運動せずにはいられない人、鏡をよく見る人、緊張すると掻いてしまう人、スマホを手放せない人ーー抜けられない、やめられない。
人間の衝動を描いた新感覚の六篇。小説現代長編新人賞受賞後第一作!


撮影・文/パリュスあや子


第1回「私たち、付き合ってるのかな?」>>
第2回「カワイソウなガイコク人を助けてくれる友達が欲しい」>>
第3回「したあとは、煙草、吸いたいんじゃない?」>>
第4回「「パリに何しにきた? 恋人探しか?」」>>
第5回「私は踊り方なんて知らない」>>
第6回「「外国人向けおしゃべりモード」」>>