「精神科医に通っている」と聞いた時、あなたはその相手のことをどんな風に思いますか? 「うつ病は心の風邪」という表現がありますが、あえてそう啓蒙しなければならないのは、精神病が多くの人にとっては、まだまだ身近ではない証拠かもしれません。

精神科医が主人公の『Shrink 〜精神科医ヨワイ〜』は、2021年12月に第5回さいとう・たかを賞を受賞し、「今まさにコロナ禍で心を苦しめている人が、手を伸ばしたであろう作品」と評された作品です。

『Shrink 〜精神科医ヨワイ〜』1 (ヤングジャンプコミックス) 

パニック障害、微笑みうつ、発達障害、摂食障害など、「新宿ひだまりクリニック」という小さな病院の経営者である弱井先生の元には、日々さまざまな症状を訴える患者さんが訪れます。

 

最初に登場するのは、雑誌編集者の北野薫子。連日徹夜して仕事をする彼女。職場の後輩が心配すると、「あたしって睡眠時間が少なくても平気な人みたい」「最近全然眠くならないの」と答えます。

 

ところが、朝の通勤電車の中で今日の予定をチェックしていると体調が急変します。

 

心臓が止まるような感覚になり、息ができなくなります。電車に乗っていられず、途中下車した彼女。苦しさでホームにしゃがみこむ彼女に「どうしました?」とある男性が声をかけてきました。

彼の言葉に合わせて呼吸をすると、少し楽になった彼女。「あなたは?」と訊ねると、「僕は精神科医です」と名乗り去っていきました。

これが本作の主人公、弱井先生です。

せっかく助けられた薫子ですが、「一時的な疲れ」だとこの症状を自己診断し、やり過ごそうとします。しかしまた似たような症状が起き、救急車で運ばれる事態に。

搬送先の医師は身体に異常はない、と言い、精神科の受診をすすめてきました。けれど、精神科に抵抗感を抱く薫子がその後、訪れたのは心療内科でした。

心療内科の医師が処方した薬を飲むと、船に乗っているかのようなふわふわ感が出て、このまま飲み続けていいのか不安になる薫子。週明け、通勤途中のホームで電車に乗れなくなってしまった彼女は、弱井先生のひだまりクリニックを訪れるのでした⋯⋯。

さて、弱井先生が彼女に下した診断とは?

本作では、ひだまりクリニックに訪れるまでの患者の日常を通して、社会人なら誰にでも起こりうる精神の病の症状と、精神科の扉を叩くことへのためらいが描かれます。そして、日本の精神科をめぐる現状も。


アメリカと日本の精神科医をめぐる違いとは?


弱井先生いわく、日本の精神病患者は320万人。30人に1人という計算です。一方で、アメリカでは3人に1人が精神疾患を抱えていると言われているのだとか。比較すると日本は精神疾患が少ない。しかし弱井先生は言います。

日本の自殺率は世界6位、先進国では最悪レベル、だと。

精神病患者は多いけど自殺は少ない国
精神病患者は少ないけど自殺が多い国

どちらがいいですか? と、問いかけてきます。

そして、本作のタイトル「Shrink」の意味とは。

 

精神科医は、アメリカでは「Shrink」=妄想で大きくなった患者の脳を小さくしてくれる身近な存在ですが、日本では「特別なところ」「敬遠される場所」として扱われてきました。

弱井先生は、日本は「隠れ精神病大国」なのだと言います。

 

本当は精神の病にかかっている人が多いのに、精神科に通うことなく、心身の苦しみや悩みを我慢して、自殺してしまうのではないか。そう弱井先生は言うのです。


心療内科との違いとは?


医師から精神科をすすめられたのに、心療内科という選択肢を選んだ薫子。精神科よりもなぜかハードルが低く感じられる心療内科。精神科と心療内科の違い、わかりますか? 弱井先生が説明してくれています。

心療内科は、ストレスなどで身体に不調がある人を診る。精神科は心の症状を診る、といった違いがあるのだそう。そこにいるお医者さんにも違いがあるのですね。先生は笑顔で言い切ります。

心の病を治せるのは精神科医だけですね
 

弱井先生も発達障害だった?


どこまでが精神が正常で、どこからが異常といえるのか。そんな問いかけもしてくる本作。ほわわんとした柔和な雰囲気の弱井先生は、症状を穏やかかつ、論理的に説明してくれるお医者さんです。そんな彼のプライベートを知る助手の看護士は、発達障害のチェックリストを見てあることに気づきます。

 

「もしかして弱井先生は発達障害なのでは?」

先生に対し不安をもった彼女でした。が、発達障害であると思われる患者さんに、先生が、本人が日常生活で困っていなければ、発達障害はただの「特性」なのだと言うのを聞き、「なるほど」と、思うのでした。
 

精神疾患をオープンにして働くことのメリット、デメリット


弱井先生はその「特性」がある患者さんに「精神障害者保健福祉手帳」を取得し、障害者枠で働く選択肢=オープン就労を提案します。この時、日本の精神障害者雇用がまだ過渡期にあることや、オープン就労のメリット、デメリットをはっきり伝えます。

メリットは、障害を考慮した時短勤務や職務内容を選べること。デメリットは、昇給などが少なく収入が低くなりがちなことなど。

でもなによりも、制度はあるけれども、現場の意識が追いついていないことを伝えます。

「オープン(障害者雇用枠で就職されること)で働くのは一種の賭け」

その上で、通常就労かオープン就労、どちらを選ぶのか考えてみてほしい、と弱井先生は言うのでした。厳しくも現実的なアドバイスですよね。

精神病は、自分の心が弱いからではなく、脳の誤作動なのだと弱井先生は言います。これまでは自分の脳が無理をして生きていたんだよ、と知らせてくれて、病を受け入れることで、新しい自分として生き直すチャンスを与えてくれているのではないでしょうか。

そのチャンスへの道を示し、歩きやすいように整備してくれるのが精神科医なのです、きっと。

 


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『Shrink~精神科医ヨワイ~』
月子(著)  七海 仁(原著)  集英社

パニック障害、うつ病、発達障害、PTSD⋯⋯心に病を抱えながらも、誰にも相談できずに苦しんでいる潜在患者が数多くいると言われる「隠れ精神病大国」日本。その自殺率は先進国では最悪レベル。精神科医・弱井幸之助が、日本の精神医療が抱える問題に向き合い、人々の心の影に光を照らす。



作者プロフィール

原作:七海仁
アメリカでジャーナリズムを学び、帰国後通信記者、雑誌編集長などを経て独立。2019年「グランドジャンプ」(集英社)『Shrink ~精神科医ヨワイ~』にて漫画原作者デビュー。現在も同作品を連載中。

漫画:月子(つきこ)
2000年、「別冊ヤングマガジン」(講談社)にてデビュー。著書に『僕の血でよければ』(集英社)、『彼女とカメラと彼女の季節』『つるつるとザラザラの間』『バツコイ』(講談社)、『トコナツ』(幻冬舎)、『最果てにサーカス』(小学館)など。現在「グランドジャンプ」(集英社)にて『Shrink~精神科医ヨワイ~』(原作:七海仁)を連載中。

 

構成/大槻由実子
編集/佐野倫子