漢字かひらがなかはページごとの”顔”を意識
“模様”として愛しいものを


日本でもっともよく知られる『ピーターラビット』の絵本は、石井桃子さんによって翻訳された1971年版。今回の川上さんによる翻訳は、約50年の時を経た新訳版となります。

「翻訳の賞味期限についての話は、作家や翻訳者のいろんな意見がありますよね。村上春樹さんも『翻訳文は50年がひとつの目安』だとお書きになっていましたが、原文と翻訳文の関係ひとつをとっても、そこには本当に多くの考えるべきことがあると思います。原文は書かれた時点から変化することはありませんが、翻訳の言葉は翻訳者がその仕事をしている時代によって変化しますよね。翻訳しながら『ピーターラビットは、ほんとに懐の深い作品よなあ』とため息をついてばかりですが、それは石井桃子さんの翻訳が、わたしをふくめ、多くの読者たちの読書体験としてあることと深いところで結びついていると思います」

川上未映子さんによる新訳『ピーターラビット』。夢に見るほど訳出にこだわった箇所とは_img2

 

のんびりと優しい語り口の石井さんバージョンに対し、川上さんバージョンは生き生きとした躍動感にあふれ、大人の私たちが読んでも、登場人物のふるまいについ笑ってしまうことも。第一巻でいたずらっ子のピーターが人間に追われる場面は、ちょっとしたアクションもののようです。それは多様な現代に生きる川上さんが、「個性=楽しさ」と理解し翻訳した証かもしれません。もちろん翻訳本は「原書があってこそ」ですが、それを生み出す翻訳者の感性ーー言葉選びはもちろんのこと、句読点の置き方やリズム、どんな形で読まれると想像するかー-などによって、作品は大きく様変わりします。

「絵本って、文字と文字の間に“すきま”があるものが多いんですが、今回はわりとぎゅっとした印象があるかもしれません。改行についても、日本語にすると『ここはどうかな』『つめたいな』と思うのもあったのですが、そこは原書に忠実に。漢字の閉じ開きも、統一させるのではなくて、ページごとの”顔”やリズムで選びました。漢字って幼いころにどうやって体験したか考えたときに、わりと“模様”として目に入ってくるものだと思ったんです。だから“模様”として優しいもの、その模様として受けとってほしいな、と思ったものは積極的に使っていこうと。成長とともに繰り返し読んでもらえる本だと思うし、このくらい入っていてもいいのかなと」

川上未映子さんによる新訳『ピーターラビット』。夢に見るほど訳出にこだわった箇所とは_img3

 

この数年、自身の著作の翻訳本が海外で多く出版された川上さん。2019年出版の『夏物語』をナタリー・ポートマンが「愛読書」と公言するなど、大きな話題を呼びましたが、だからこそ「表現」や「翻訳」について考えたことも多くあったようです。


「当然なんですけれど、すべての言語にはその言語でしか味わえない音とリズム、書かれたものなら紙のうえでの模様があります。意味を再現することを前提に、原文から読みとれる意味以外の、そうした雰囲気や密度や流れや印象を、べつの言語で再現するのは本当に難しいことだと思います。だからこそ翻訳は基本的に”原文からなにが失われるか”をベースに語られることが多いと思うのですが、でも同時に、翻訳者の理解や言葉によって、加わる良さもあるんじゃないかな、と考えています。これは、この数年、自分の作品の英訳と原文の引き合わせ作業に取り組むなかで、実感したことでもあります」

 

“これは、ぜひとも挑戦してみたい”と思った
訳出にもっともこだわった箇所とは


さて『ピーターラビット』に話を戻して。現時点で終了している5巻までの翻訳で、川上さんがもっともこだわった日本語は、詩の部分だったそう。

「『これは、ぜひとも挑戦してみたい』と思ったのは、やっぱり詩の部分です。ポターの韻文は本当に美しくて、これを日本語にどうやって置き換えることができるか。考えて、夢にまで出てきて、ひらめいた時は、自分の作品が完成したときより達成感があったかも(笑)。詩や謎かけ、歌の部分はもちろん、作品全体に流れている<音>を日本語のなかで見つけていく作業は、ああでもない、こうでもないといった感じで、本当に面白いです」

川上未映子さんによる新訳『ピーターラビット』。夢に見るほど訳出にこだわった箇所とは_img4

 
 


川上未映子(かわかみ・みえこ)
小説家・詩人。2008年、『乳と卵』で芥川賞を受賞。2019年に発表した『夏物語』は40カ国以上で出版が進み、欧米各紙誌で高く評価されるなど、国際的な活動を展開している。

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<新刊紹介>
『ピーターラビットのおはなし (絵本 ピーターラビット)①』

ビアトリクス ポター 作・絵 川上 未映子 訳
¥1650(税込)(2022年3月25日発売) 

いたずらっ子のピーターは、おかあさんの言いつけをやぶって、マグレガーおじさんの畑で大冒険。おいしい野菜を食べほうだい。ところが、おじさんに見つかり、さあたいへん!

 

絵本 ピーターラビット™ シリーズ(全23巻)
ビアトリクス・ポター作・絵 川上未映子訳

川上未映子さんによる新訳『ピーターラビット』。夢に見るほど訳出にこだわった箇所とは_img7

 

全23巻 揃定価 ¥36300(税込)

◉第1巻 ¥1650/第2巻~第13巻、17、18巻 各1540円/第14巻~第16巻 各¥1760/第19巻 ¥2090/第20巻~第23巻 各¥1430(すべて税込)
※価格は変更になる場合もございます。

◉体裁:A6判変型上製(タテ145×ヨコ110㎜)
各巻32頁~120頁予定



全国書店で予約受付中!全巻予約者には豪華2大特典あり


2022年3月より、絵本〈ピーターラビット™〉シリーズ(全23巻、新訳版)を刊行開始します。全巻を予約購入いただくと、非売品の「全巻収納BOX」と第1巻『The Tale of Peter Rabbit(ピーターラビットのおはなし)』の原文を収録した小冊子の特典がつきます。

現在、全国の書店および一部ネット書店にて予約を受け付け中です。(2022年5月16日〆切)。書店店頭でお問い合わせいただくか、以下のネット書店の予約ページをご覧ください。

川上未映子さんによる新訳『ピーターラビット』。夢に見るほど訳出にこだわった箇所とは_img8

 

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撮影/塚田亮平
ヘア&メイク/吉岡未江子
取材・文/渥美志保
構成/川端里恵(編集部)
 
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