臨死体験の研究を通して見えてきたこと

 

虐待経験は体外離脱体験と深く関わっていることが分かりましたが、アルコールおよび違法薬物への依存にも強く影響するそうです。駒ヶ嶺さんはその理由を、脳医学の見地からこう述べています。

「アルコールや違法薬物の多くは、NMDA受容体機能を低下させる作用を持つ。虐待を受け傷ついた心は、アルコールなどの薬物やその離脱によるNMDA受容体機能の低下を、通常の人よりも必要とする性質を持っているとも言える」

ちなみに、神経伝達物質を受け止めるNMDA受容体の機能を低下させると、幸福感や抗うつ作用が得られるのだとか。それを踏まえ、駒ヶ嶺さんは薬物依存を根絶させるために依存者を責め、彼らから薬物を取り上げてしまえば済むと安易に考えてしまう世の中の風潮に一石を投じています。

「責めれば責めるほど、薬が必要になるだけである。薬物依存症を毛嫌いして、救いの手をすべて断ち切って社会から隔絶させることは、依存を増やすだけである。そして人間は他人が遭っている、ひどい目を目撃することでも自分が傷つけられた時と同じ前部帯状回という『痛みの中枢』が作用してしまう。苦しんでいる人を苦しめ続ける社会は、脳神経内科学からすれば、薬物依存症の増加や虐待の連鎖を生み出すだけである」

体外離脱体験を含む臨死体験の研究は、虐待経験との深い関わりを見出す結果となりましたが、駒ヶ嶺さんはさらに深い意義を発見したようです。

「苦しんでいる人に手を差し伸べること、それこそが、虐待や依存症の根絶を目指せる道なのだ。臨死体験の研究は、このような思わぬ出口に通じていた」

 


著者プロフィール
駒ヶ嶺朋子(こまがみね・ともこ)さん:
1977年生。早稲田大学第一文学部哲学科社会学専修・獨協医科大学医学部医学科・同大学院医学研究科卒。博士(医学)。獨協医科大学大学病院にて脳神経内科医として診療にあたる。2000年第38回現代詩手帖賞受賞(駒ヶ嶺朋乎名)。著書に『怪談に学ぶ脳神経内科』(中外医学社)、詩集に『背丈ほどあるワレモコウ』『系統樹に灯る』(思潮社)がある。

『死の医学』
著者:駒ヶ嶺朋子 集英社インターナショナル 
968円(税込)

脳神経内科医の筆者が、豊富な臨床経験と最新研究をもとに臨死体験、幽体離脱、金縛り、憑依現象の「メカニズム」を明らかにしていきます。詩人としても活躍する筆者だけあって、エンタメや芸術と紐づけた親近感のある文章が特徴。専門書に苦手意識がある方でも抵抗なく読み進めることができるでしょう。



構成/さくま健太