自分の能力を活かして、きちんと仕事がしたい

 

当時の私はインスタグラマーとして活動しながら、不安も抱えていました。

 

私自身がすごく人気者というわけでもないし、そもそも、この流行もいつかは終わってしまうかもしれない。実際、読者モデルのブームが終わっていく過程も見てきて、私が読者モデルを務めていた雑誌は廃刊になっていました。

だからこそ、ただインスタの案件を受け続けて、いつ終わるかわからない流行に身を委ねるのではなく、自分の能力や好きなことを活かしてきちんと仕事をしたいという思いが生まれたんです。募集要項を見て、思わずチャンスに飛びつきました。

しかし最初は、苦労の連続でした。

というのも、それまで私は、いわゆるBtoBの企業でのオフィスワークの経験がほとんどなかったんです。結婚前の仕事も、縫製工場での裏方の仕事や、アパレルの販売や内勤の仕事でした。最初はクライアントワークの感覚が全く掴めず、相当苦戦しました。名刺交換すらまともにできないレベルでしたね(苦笑)

社長からは、しょっちゅう怒られていました。特によく言われたのが、「エリさんは、自分がやるべき業務だけとりあえず一生懸命やってはいるけれど、仕事が“点”でしか見えていないよね。“線”で見ないと」ということ。

自分では頑張っているつもりでしたが、クライアントがその先に何を求めているかまで考えられなかった。だから、仕事の仕上がりも満足度の高いものにはならないんですよね。

さらには、クライアントとのやり取りに全く慣れていないため、会社の人間という立場を忘れ、うっかり余計なプライベートの話をしてしまったり、失言もありました。当時はインフルエンサーとしての感覚がまだ抜けておらず、ついつい自分を押し出す癖が出てしまったんです。組織の一員であるという認識がなかったと思います。

とにかく必死でした。仕事に慣れずやるべきことがどんどん増えていくのに、家に帰ると家事が待っていて。当然家事の量が減るわけではないので、忙しくなっていくばかりで、ライフワークバランスがうまく取れずに当時は何度もくじけそうになりました。


30代で初めてのオフィスワークに戸惑い、家庭との両立にも悪戦苦闘していたエリさん。次回は、そんな彼女が夫の扶養を抜け、未経験の世界でチャンスを掴み、組織にとって“なくてはならない存在”にまで成長した過程を語ってもらいます。

佐藤エリさん出産を機にアパレルの仕事を退職。現在は多数の企業のInstagramアカウントにて、インスタ映えを作るプロップスタイリストとして活動。並行して、彫金アクセサリーブランド「joueri」を運営している。
Instagram: @satoeri626
 
取材・文/小澤サチエ
構成/山本理沙
写真提供/佐藤エリさん

 


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