人には誰にも言えない、言いたくない悩みや秘密の1つや2つはあるものです。でも、自分の中で抱えているうちに悩みの闇が大きくなりすぎてしまうこともあるようです。女性マンガアプリ「Palcy」で連載中の『神様を殺す子供たち』は、母と二人暮らしの女性の心に巣食う闇が、じわじわと作品全体を覆っていくような、不穏に満ちたストーリー展開。そして、登場人物がみんな「闇持ち」で、ミステリーの要素も出てくるので、一度読み始めると止まらなくなる作品です。

『神様を殺す子供たち』(1) (Kissコミックス) 


過干渉な母と死んだ魚の目の娘


下着売場で買い物をする母と娘。娘は29歳の辻史絵莉(つじ・しえり)で、会社勤めをしています。母は衣類の量販店でパートをしており、史絵莉が4歳の時に離婚し、女手ひとつで史絵莉を育ててきました。傍から見れば仲良さそうな母娘に見えます。花柄で水色のブラジャーを手にとって「似合うわよ」「お母さんがサイズ選んであげるわよ」と試着室に一緒に入り、ブラジャーを付けた史絵莉を見て満足げに笑う母。そして対照的なのが、死んだ魚の目のような史絵莉。この開始数ページだけで母のヤバさがねっとりと伝わってきます。

 

買い物の後、レストランに入った二人。母は最近、仕事先に入ってきたパート女性の話をします。その人は史絵莉が小学生の時に同級生だった村沢大輝(だいき)の母親だというのですが、史絵莉は大輝のことを「覚えてない」と答えます。

 


家でも、会社でも見せない別の顔。


史絵莉は会社では周囲と距離を置き、一人で過ごしています。同期の黒川さんは何かと史絵莉に気をかけてくれているものの、他の女性社員からは、人付き合いが悪くて何を考えているのか分からないと敬遠されています。ある日の昼休み、史絵莉が黒川さんからのランチの誘いを断って向かった先はラブホテル。そこで落ち合ったのは、先日、母に「覚えてない」と返事をした大輝(だいき)でした。彼はフリーターで、母の愛美と弟の颯真(そうま)の3人家族。彼は小学生の時に父を亡くしており、愛美には5歳年下で、美容院を経営しているイケメンの彼氏・皆川哲がいて、すっかり彼にハマっています。

 

史絵莉は会社の昼休みということもあり、さくさくと着替えを済ませていきますが、母と二人きりの生活と、心を許せる人がいない会社から解放される一時でもあるようです。

史絵莉が会社から帰宅すると、飛びつくようにパート先での愚痴を話し始める母。史絵莉が作ったご飯を二人で一緒に食べたいからと、夕飯を食べずに待っていたようです。
 

 

ある日、史絵莉は会社の給湯室で女性社員たちが噂話をしているところを耳にします。噂の的は史絵莉で、昼休みにラブホテルに行っていることをネタにされていました。給湯室に踏み込んだ史絵莉は、「ご飯食べるのも 男食べるのも 大差ないと思うけど」と笑顔で言い返し、彼女たちを黙らせてしまいました。

 


「お母さんのこと 殺したくなるんだよね」


仕事を終えて帰宅すると、今日も待っているのは母の愚痴。パート先で大輝の母・愛美の彼氏自慢を聞かされたようで、「男に人生託したってろくなことないのよ」と離婚経験者ならではの台詞を吐く母。そして自分は離婚して大変だったけど、「史絵莉のおかげで お母さんがんばれたのよ」と史絵莉に微笑みかけます。

母は確かに史絵莉のことを大切に育ててくれ、大学まで行かせてくれた。でも、母と二人でいて、笑顔をつくればつくるほど、「お母さんのこと 殺したくなるんだよね」と。史絵莉は、大輝にだけは本当の気持ちが言えたのでした。

 

1話だけ読むと、過干渉で子供依存のシングルマザーと、それを笑顔で隠しつつ彼氏という秘密を持つ娘の話かと思いきや、実はそこだけに留まりません。2話以降で、いつも素直で明るいキャラクターに見える大輝と弟の颯真、年下の彼氏がいて浮かれている大輝の母・愛美、史絵莉が勤める会社の同期・黒川さん、史絵莉だけが生きがいの母それぞれにスポットが当たり、家族や他人に見せている光の部分と、誰にも見せていない闇の部分を浮き彫りにしていきます。

また、大輝と颯真の父は、大輝が小学5年生の時に亡くなっているのですが、その死には何か秘密があるようです。

登場人物が全員、一筋縄ではいかないような「闇持ち」で、読んでも読んでも不穏さが付きまとい、読後感はぜんぜんよくありません(作品をけなしているわけではなく!)。でも、それぞれが抱える闇が、史絵莉の光を失った瞳のように深くて黒いだけに、ついつい覗かずにはいられなくなるのです。

願わくば、史絵莉をはじめとした登場人物たちが抱える闇から解き放たれて、前を向いて人生を歩んでほしいところではありますが、今のところ闇が闇を呼び、混沌とした状態で先行きが見えません。ニーチェの格言に、「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」というものがありますが、この作品を通して、自分の内なる闇に気づいてしまいそうです。現在、単行本2巻まで刊行中(電子のみ)。「神様を殺す子供たち」というタイトルに込められた意味も気になるところです。
 

 

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作者プロフィール
小宮みほ子

2017年『結露と窒息』で第9回Kiss WAVEシルバー賞を受賞。同作品が「ハツキス」(講談社)2017年9月号に掲載されデビュー。デビュー前にWEBで掲載された『彼女はすぐそこの遠く』も異例の大反響となる。現在「Palcy」にて『神様を殺す子供たち』連載中。他作品に、交わらない想いを描いた恋愛群像劇『溶けないし混ざらない』新しい家族像を描くヒューマンドラマ『インザハウス』(電子にて配信中)。

『神様を殺す子供たち』
小宮みほ子 講談社

パートで働く母親と二人暮らしの辻史絵莉、29歳。幼い頃から女手ひとつで育ててくれた母親が垂れ流す愚痴と、会社の同僚たちが花を咲かせる噂話から唯一解放されるのは昼休みの1時間だけ。そのほんの短い時間に、史絵莉は誰にも知られぬ小さな秘密を隠していた――。