昔付き合っていた人が芸術家になり、その人だけに見せた自分の裸を、創作物として世間に発表されてしまった場合、どうしたらよいのでしょうか。明らかに自分の身体だとわかっても、他の多くの人にはわからないこと。一人でただ傷つくしかないのでしょうか。
創作の持つ加害性と、26年前の中学生と塾講師の「恋」をめぐる問題作『恋じゃねえから』。『にこたま』や『1122』などで知られる渡辺ペコさんの最新作で、4月21日に一巻が発売されました。
40歳になった茜は、元同僚の夫と中学生の娘と暮らし、出産を機に退職してからはフリーで翻訳を受け、「完璧とは言えないけれど御の字の生活」を過ごしています。でも、緊張する場に行く前には日本酒を飲まないといられない軽度のアルコール依存症でもありました。最近では、学生時代からの友人と会う時にも飲むように。
「若い頃より今の自分が好き」「40代って精神的に自由になるし楽しいよね」私は本当は全然そうじゃない。古い友人とのズレを感じつつ、わかるふりをして笑う茜でした。
友人から来たLINEで、中学時代に通っていた塾講師の今井先生が彫刻家になっていると知り、当時の記憶が少しずつ蘇る茜。今井先生の授業で仲良くなった親友・紫のことも思い出します。
今と変わらぬそばかすだらけの顔にショートカットで太めだった中学時代の自分。対して紫は、サラサラのロングヘアが綺麗ですらっとした体格でした。
紫は、茜の自虐的発言を笑わずきっぱりと否定してくれた初めての人でした。
そして そういう友達をそのあと、私は二度とつくれなかった
彫刻家となった今井先生のインタビュー記事で、彼の代表作である上半身が裸の「少女像」を見た茜は、あることを思います。
これは紫だ
美しかった親友・紫。今井先生と紫の関係。それに嫉妬していた自分。紫の相談から逃げてしまったこと。
当時のことをすべて思い出した茜。彼女は「少女像」を観に行くことで過去に向き合おうと決めます。
本作はこの「少女像」をめぐるストーリー。プライベートで公開した身体の写真を、年数が経ってから許諾なく創作物にされた場合、訴えることはできるのか。それが自分の身体だとどう証明するのか、という難しい問題を提示してきます。
今井先生と紫は、常に不均等な関係性であることも示されます。塾講師と生徒。アーティストと一般人。常に今井の方が社会的に力を持っている立場です。
読み進めると「少女像」の件は、過去の性被害に声を上げる女性たちのニュースとリンクしているのを感じます。被害者側も同意していたのでは? 今頃になって暴露するなんて金銭目当てなのではないか? などの批判が必ず出てくることや、被害者側の顔写真ばかりが世間に晒されること。
本作の場合、恋愛感情と創作でのインスピレーションは自由だ、という論理も絡まってくるので、さらに複雑なこととなっています。
二人の傍観者である茜は、中学時代には紫の相談から「逃げてしまった」。けれど、40歳になった今、どんな行動に出るのでしょうか?
そして、茜と同じような立場になったら、あなたならどうしますか?
【漫画】『恋じゃねえから』第1話を試し読み!
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『恋じゃねえから』
渡辺 ペコ (著)
結婚し一人娘の母となった40歳の茜は、中学時代の塾講師の今井先生が彫刻家になっていることを知る。彼が発表した「少女像」は、かつての親友・紫の姿によく似ていた。『1122』の渡辺ペコ、待望の最新作。
作者プロフィール
渡辺 ペコ
2004年に『透明少女』でデビュー。『ラウンダバウト』(集英社)が第13回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選ばれる。『1122(いいふうふ)』(講談社)は夫婦とは何かを問いかける話題作として注目を集め、累計135万部を超えている。その他の著書に『にこたま』(講談社)『東京膜』『ボーダー』(集英社)、『おふろどうぞ』(太田出版)など。現在は「モーニング・ツー」にて『恋じゃねえから』を連載中。
Twitterアカウント:@pekowatanabe
構成/大槻由実子
編集/佐野倫子
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